──何もかもを白く染まってしまえばいいと彼女は願った。
──皆が笑顔になれば死んでも良いと彼は願った。
──誰かを、大切な人達を守れるくらい強くなりたいと彼女達は願った。
全ての願いの先には三つの異なる物語があり、一つの共通点のある物語でもある。
──これはその三つの異なる物語の中でも、一つの共通点の物語の中でも語られることなかった物語……。
──お前達の父親は最低な男だった。大きくなったら、お前達でその男を殺せ。
物心ついた頃から母親に言われ続けた言葉。
最低な男だった……?
なら、子供にその父親を殺せと命じる母親はどうなんだ?
その最低な父親と同じ最低な母親なんじゃないのか?
──ねぇ、母さん。
殺せというまで最低だった男の何処を愛したの?
何で、両目の紅い殺人鬼を愛してしまったの──?
─紅眼の麗人─
「いっつ……」
赤く腫れた頬を押さえ、ヨロヨロと人々の雑踏の中を進んでいく。
体には青アザが出来、髪も短いところもあれば長いところもある。
「何であたしがこんな目に……」
悔しくて歯を食い縛れば、口の中に血の味が広がった。
あたしは間違っていない。
間違っているのはあいつらなんだ。
でも、皆あたしが悪いと非難する。
来るな、死ねと罵詈雑言を浴びせられる。
じゃあ、本当にあたしが死んだらあいつらは自分達が悪かったと思うかな?
そう思ったら、体は自然とビルの屋上へと向かっていた。
ビルの屋上に上がって柵を飛び越えれば、一歩先はもう何もない。
一歩踏み出せば、あたしの体は重力に引かれるようにして地面に叩きつけられるだろう。
痛いのかな?
でも、ビルの高さによっては落ちている最中に気を失うって聞いたことがある。
5階建てのビルじゃあ、それは期待できないかもしれないけど……。
「まあ、良いや……。もう痛くないなら一瞬の痛みくらい耐えられる」
一歩踏み出せば、体は当たり前のように下へ引っ張られる。
……これで楽になれる。
そう思っていたのに、誰かがあたしの手首を掴んで落ちていこうとした体をビルの縁へと引き摺り戻した。
「危ないよ、そこ」
低くも高くもない男の人の声。
それなのに、不思議と人を惹き付けるような声だった。
顔を上げれば、そこには今まで会ったことが無いくらい整った顔をした男の人がいた。
でも、その人の目は──。
「目が紅い……?」
炎のように紅い瞳。
普通なら驚くけど、彼の目が紅くても何とも感じなかった。
「珍しいね、僕の目を見ても驚かないなんて……」
そう言って、紅眼の麗人は目を細めた。
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──
「君、名前は?」
紅眼の麗人はあたしに缶のココアを差し出してきた。
自殺を止められたあたしは彼に促されるがまま、ビルの屋上にあるベンチに座っていた。
「玖下紀生……」
あたしはココアを受け取ると、ポツリと名前を口にする。
「紀生(キミ)ちゃんね。僕は名前がないから好きな風に呼んで」
名前がないってどういうことだろう?
聞こうとしたけど、彼は彼なりに事情がありそうだから聞かないで置こう。
「──で、紀生ちゃんは何で死のうとしてたの?」
自分の分のココアを片手にあたしの隣に座った彼はそう問うてきた。
「……あたし、高校でいじめにあってるんです。顔が気に入らないとか言われて……辛くて……」
ココアを握る手に自然と力がこもる。
「親は?」
「母がいますが、あたしには興味無くてお金のある男と遊び歩いてます」
父は物心ついた頃からいなかった。
母も1日分の食費を朝置いて出掛け、日付が変わる頃に知らない男を連れて帰ってくる。