アメリアは今までも馬に乗った経験はある。幼い頃に父が乗る馬に乗せてもらったのだ。

しかしそれだけで、他の人、それも男性の乗る馬になど乗ったことがなく、どうしたらいいものか戸惑ってしまった。

シアンの服を僅かに掴むことしかできないアメリアに、シアンは首だけで振り返った。


「ちゃんと掴んでいないと振り落としますよ」


その言葉でアメリアはシアンの腰に手を回す。

あまりにも近いこの距離に緊張を隠せない。


そんなアメリアに気付くことなく、「行きます」とシアンが言うのと同時に馬は走り出した。

回した腕から伝わるシオンの温度に心臓が大きく鳴る。

けれどアメリアにはそれが緊張からくるものなのかどうか、判断できなかった。


風を切って走る馬から見える世界は、アメリアが普段見ている世界よりずっと広く見渡せた。

見たことのない街並み、風景、人々の様子。騎士団に入らなければ一生見ることのできなかった景色だと思いながら、記憶に焼き付けるように見ていた。

しばらく馬を走らせていると風の中に僅かに潮の匂いを感じた。その匂いは次第に濃くなってゆく。

港に近づいてきたということかしら、とアメリアが思っていると、シアンが振り返らずに「もうすぐ着きます」と言った。

いよいよだとアメリアは胸を高鳴らせる。


「楽しみです」


ついアメリアは口にしてしまった。

不思議そうにシアンが振り返る。


「港町は、初めてなので」