「……俺じゃ、だめかな」

沈み始めている太陽のせいか、顔を少し赤く染めた薫くんが小さく言った。

「……えっ、日誌を持っていくの? もしあれなら――」

わたしが行こうかと言おうとしたわたしの声を遮り、「じゃなくて」と薫くんが口角を上げた。

「元彼を振るの」

「……えっ?」

ほとんど聞こえないような声で聞き返した。

「飽きっぽい元彼。戻ってきたら振るんでしょ?……なら、俺がその理由になる」

「薫くん……」

いいよと続けると、薫くんは花が咲いたようにぱっと笑った。

「いいよっていうか、薫くんがいい」

言い直せば、薫くんは束縛から解かれたように爽やかな笑顔を見せた。

日誌の紐を手首にかけ、大きな両手で小さな顔を覆う。

「今この瞬間を世界で最も幸せに生きてるの、俺だと思う」

はあっ、と息を吐き、薫くんは素敵な笑顔をわたしに見せつけた。

「この瞬間を世界で一番幸せに生きてるの、薫くんじゃなくてわたしだよ。

大好きな人からそんなふうに言われたんだもん」

わたしが言うと、薫くんは八重歯を覗かせ、少し恥ずかしそうに、すごくかわいく笑った。


里香ズライフ史上

最も幸せな事件が発生しました。