「ちょい、まだ?」
「うるさい。薫くんの電卓、わたしが使ってたのとボタンの配置が違うんだよ」
「そんなの今更知ったこっちゃねえし」
「はいはい。大変お待たせ致しました、ご注文の式の答えは9,368でございます」
「どうもご苦労様です。はい次――」
薫くんの声が並べる式を電卓のボタンの音で繰り返し、最後にイコールを押す。
画面に浮かんだ数字を読み上げる。
「86,532」
「おっけー」
楽しそうにノートへ数字を綴る薫くんに、「よく飽きないね」とほぼ無意識に出た言葉を投げ掛ける。
「ほら、ニュースって毎日観ても飽きないじゃん?」
「おっ、この空気。また変なこと言い出すぞ?」
わたしが言うと、薫くんはノートに数字を書きながら笑った。
「毎日やってるニュースって、出てる人はいつも同じだけど、伝える内容が違う。
俺の暗算も、やることはいつも暗算って同じだけど、扱う数字が違う」
「なんかさ、前から時々思うことがあったんだけど、薫くんって大したことじゃないことを大したことのように言うの上手いよね」
わたしの言葉に「ありがとう」と言ってから、薫くんはシャーペンをノートの真ん中に置き、「あれっ」と呟いた。
「今俺……貶された?」
「ううん、褒められた」
「信じるぞ? 可哀想なやつにならないよな?」
「大丈夫大丈夫、自分で可哀想だと思わなければ可哀想にならないから」
大丈夫大丈夫、ともう一度加えると、薫くんは「本当かな……」と呟き、小さく笑った。