『ほい。カメラ』
…………え? 私?
『撮る練習ー』
「え、私が撮るの?」
『そ。写真撮るの苦手でしょー』
「な、なんで分かるの…………」
『さ、練習、練習。はい、じゃまずコスモス畑』
「…………」
そう言うと瀬野尾くんは私の横に来て、カメラの使い方を簡単に教えてくれた。
肩と肩がぶつかりそうな距離。瀬野尾くんの息づかいがすぐ横で聞こえ、目の前では瀬野尾くんのキレイな手がカメラの操作方法をゆっくり教えてくれている。
もう私は鼻からも口からも息が出来ず、固まった……
『はい、撮ってみてー』
そう言われて我に返る。
あ、えっとここでズームして、こんなアングルでいいのかな……
慣れない手つきでシャッターをきる。
「……撮ったよ」
『ん』
瀬野尾くんがカメラを見せてというので手渡した。その時、少しだけ瀬野尾くんの指先が私の手に触れた。
これは何の罰ゲームなの………
もう私の心臓は限界の早さで打ち続ける………
『あー、これだとさ花よりも地面がたくさん映ってる。 もう少し花を中心に大きく撮ってみて』
ほい、と渡されたカメラ。
私は瀬野尾くんのことを意識しすぎて、おかしくなりそうだった……
とにかく写真を瀬野尾くんに言われるがまま、何枚も何枚も撮った。
『おーいいじゃん。おっけー。風景は完璧ね。じゃ次。おれ撮ってー』
…………?!
『ほーらー、早く。写真屋は人を撮るんだよー。練習しておかないとー』
瀬野尾くんを撮る?!
ムリムリ……
恥ずかしくて、そんな……
そんな私の気持ちなど知らない瀬野尾くんは、無邪気にコスモス畑の前に立ち、早くーと手を振っている。
…………
私はドキドキしすぎの震える手で、瀬野尾くんにカメラを向けた。そして、恐る恐るカメラをのぞきこんだ。
当たり前だけれど、そこには小さな瀬野尾くんがいた。
ゆっくりとズームする…………
カメラのレンズ越しに見る瀬野尾くんは、とてもキレイだった。
いつもまともに瀬野尾くんの顔を見れない私だったけど、レンズ越しだと落ち着いて見ることが出来た。
ゆっくりとシャッターをきる。
レンズ越しに瀬野尾くんが微笑む。
それはまるで、私にだけ微笑んでくれているような錯覚にさえ陥るような、胸がキュンとなる笑顔だった。
今、私は素敵な瀬野尾くんを独り占めしている。そんな気持ちになった………
『どお?うまく撮れたー?』
…………あ
私は慌ててカメラを瀬野尾くんに渡した。
瀬野尾くんは撮影した写真をチェックしている。
瀬野尾くんの指がカメラを撫でるように、しなやかに動いて操作している。
………………
『あー、顔がきれてるよー。もう少し、おれを真ん中に入れてもう一回やってみてー』
「……うん」
私はもう一度カメラを持ち、レンズ越しに瀬野尾くんを見た。
プッ!
突然、瀬野尾くんが変顔してきたから、私は思いっきり吹き出してしまった。
『おいおい、そんなに可笑しい?素直だねー』
そう、瀬野尾くんは嬉しそうに言ったあと『はい、もう一度~』と言うので、私はまたレンズ越しに瀬野尾くんを見た。
瀬野尾くんは眩しそうに空を見上げていた。
瀬野尾くんの横顔……
その美しすぎる横顔にシャッターを切るのも忘れ、レンズ越しに瀬野尾くんをただ見ていた。
瀬野尾くんの長いまつげ………
唇……、耳……、首……
どこを見てもうっとりした………
ふいに瀬野尾くんがこっちに振り向いた。
………………!
『ちょっとちょっとー、見とれてるー?笑ちゃんと撮ってくださいよー』
図星だった私は、恥ずかしくなり、その後は、ただひたすらシャッターをきった。
シャッターをきるたびに、そこに写り込む瀬野尾くんの表情はどれも素敵だった 。
私は夢中で何枚も何枚も、瀬野尾くんの写真を撮った。
私の胸のなかにも写し込むように………
大切に大切に撮り続けた……