『謹賀新年』の文字が水の膜で見えなくなる。
両親の手前鼻をかむフリをして、そっと涙をティッシュで吸い取った。

さみしい。会いたい。
年賀状をこんなに切ない気持ちで眺める日が来るなんて。

「美夏、あんた宛。いい加減自分の住所教えたら?」

母がポイッと放り出した一枚を受け取り、軽く八つ当たりを仕掛ける。

「もう! 丁寧に扱ってよ! 新年早々届けてくれた配達員さんに謝って!」

「はいはい、ごめんね。でも配達員さんの前に中川さんに謝るべきだと思うけど?」

それもそうだと年賀状に深く頭を下げる。

「中川さん、うちのがさつな母がごめんね」

中学校の同級生である中川さんとは、成人式以来会っていない。
どうやらまだ実家住まいで結婚もしてないようで、年賀状には愛犬シラスちゃんの写真が何枚もついていた。
年賀状を出さなくなって久しい。
律儀な中川さんは毎年くれるので、彼女を含む3人にしか出していない。
来る年賀状も、その3人に美容院やショップなどDMに類するものだけだ。

年賀状でしか繋がっていない関係に意味なんてあるのかなって思ってた。
中川さんのことは嫌いじゃないけど、添える一言に「今度お茶でも飲みに行こうね!」と書くのはほとんど社交辞令。
実際には電話番号も知らない。
だけど、小川さんは言うのだ。

『一年に一回必ず思い出すってことでしょ?年賀状だけでも繋がってたら会えるよ。完全に切れてしまったら、その可能性もなくなると思うんだ』

思い出しもしなくなった同級生がたくさんいる中で、中川さんのことは忘れない。
結婚してないことも、シラスちゃんを飼っていることも知ってる。
これって、結構すごいことなんじゃないかと思う。
小川さんが届けているのは、そういう物なんだ。

「中川さん……元気そうでよかった……」

「え……何? 急に」

ポロポロと涙をこぼす私を、母は不審な目で見たけれど、

「あらー! すごく豪華! あの伊勢海老まだ生きてるよ」

心を痛める娘より、テレビに映った豪華おせち料理の方に気持ちは向かったようだ。

さみしい。会いたい。
だけど私の大好きな彼は、しんしんと降る雪の中、朝からずっと配達を続けている。

『遅くても14時頃までには届くはずだから待っててね』

実家に届く年賀状は当然小川さんが届けたものじゃないけれど、そのぬくもりが届くような気がした。