一度だけ、小川さんに電話をした。
迷って迷って、そうしているうちに一週間かかって、ようやく。
『メモ、捨てられたかと思ってました』
ジョークとも思えない声に平謝りし、その流れで「この前はありがとうございました」という事務的なお礼を伝えると、もう話題を探せなくなった。
沈黙が怖くて早々に切ったら、今度は掛ける用事がない。
それっきりひと月近い時間を毎日悩みながら過ごしてきた。
考えたところで用事なんてみつからず、小川さんからも連絡がないまま。
「電話よ、鳴れー!」
スーパーで買った桂花珍酒をちびちび舐めながら念を送っているけれど、今のところまだ効果はない。
小川さんの番号を表示させると、それだけで持つ手が震える。
このボタンをタップしたら、繋がるんだなー。
「えいっ」
酔った勢いで押してしまった。
プルルルル、プルルルル、という呼び出し音を最初こそふんふん鼻歌混じりで聞いていたけれど、長引くにつれて冷静さを取り戻した。
……やっぱり切ってしまおうか。
迷って携帯を耳から外したものの、その瞬間に小川さんが出たらと思って切れなかった。
この呼び出し音は今、小川さんと繋がっている。