別腹なんて存在しないので、いっぱいのお腹の隙間にぎゅうぎゅうと杏仁豆腐を詰め込む。
待たせているのは申し訳ないけれど、ひとさじずつ隙間を探すように口に運んだ。

「無理しなくていいですよ」

ちょっと心配そうに小川さんが言う。

「お腹は苦しいけど、口はおいしいんです……」

「おいしいならいいんですけど」

「さわやかな甘味がドスッときます」

軽やかに笑ってお水を飲んだ小川さんが、グラスを見つめながら言った。

「そういえば細貝珈琲館って、その人のイメージに合ったカップで提供してくれるんですよね?」

先々代社長が開いた珈琲店は、趣味で様々なコーヒーカップを集めていて、同じカップは二脚となかったらしい。
その名残で、今でも多種類のコーヒーカップが用意されており、「お客さんのイメージでカップを選ぶ」と噂されている。

「基本的に服の色ですけどね」

使っていたり、洗っていないカップもあるのだから、すべての中から一番合っているもの、なんて現実的ではない。
イメージの多くは単純に服や髪の色で決まる。

「私が店員なら小川さんには赤いカップで出しそう」

「ポストですか?」

「やっぱり、そのイメージ強いですもん」

「一度行ったときは、青地に白いラインが入ったカップで出てきました」

「あ、ピッタリ!」

胸の中の青空を、飛行機雲がまっすぐ走っていく。

「そうですか?」

「名前のせいかな。小川さんって青空のイメージです。赤よりそっちの方がいいな」