「人間と話しましょう」

そう小川さんに誘われたのは、花火大会から二日後の日曜日のことだった。

あのままお盆休みに入った私は、翌日ベランダに続くガラス戸に張り付いて〈待ち伏せ〉を決行していた。
ここ最近、土曜日には欠かさず行っている〈待ち伏せ〉は、別に強い意志で継続しているものでも、無意識にやってしまう習慣でもない。
けれど、「そろそろ小川さんが配達に来る」と思うと、気になって気になって仕方なく、結局ガラス戸に背を預ける。

私の部屋のベランダは二階の南向きなので、背中を太陽がじりじりと焼く。
ベランダに出て堂々と待つことも、カーテンに隠れてこっそり覗くこともできないので、外から見えないように窓際にしゃがみ込み、外を流れる音に耳を澄ます。
車が通る音。
誰かの話し声。
救急車のサイレン。
犬の鳴き声。
たくさんの音の中から、息をひそめてたったひとつのバイク音を慎重に拾うのだ。

待ち望んだ音がしたら、そこからは更に気を使って身を固くしなければならない。
レースのカーテンが少しでも揺れれば、うずくまる私の存在がバレてしまうから。
大きく早い鼓動のリズムに惑わされないように、殊更ゆっくり10数えてから、そーっと伸び上がって、エントランス前に郵便バイクが停まっているのを確認。
そしてすぐに元に戻る。
少ししてバイクのストッパーを外す音とエンジンの音がしてから、私はようやく身を起こして、敷地を出ていく小川さんの後ろ姿をやっと見つめることができるのだ。