三枚目のあぶらとり紙が透き通る。
吸い取っているのはあぶらなのか汗なのか。
もうあぶらとり紙だろうがコピー用紙だろうが、効果に大差がないような気がして、私はあぶらの上にファンデーションを塗り込めた。
「おはよう、美夏ちゃん。今日も暑いねー」
トイレに入って来るなり、里葎子さんは手際よく腕や首を汗拭きシートで拭い、ささっとあぶらを押さえてからメイク直しに取りかかる。
「里葎子さん、汗なんてかかなそうですよね」
「代謝落ちてるって言いたいの?」
「いつも爽やかで羨ましいって言ってるんです」
実際、里葎子さんからは汗の匂いなんてせず、フワッとなんだかいい香りがする。
「旦那さんが里葎子さんのうなじに吸いつきたくなる気持ち、ちょっとわかるなー」
すり寄るように身を寄せ深呼吸すると、毛虫でも見たように距離をとられた。
「変態!」
「褒め言葉ですよ?」
「うれしくない」
私のセクハラまがいの視線から守るべく、うなじを手で隠した里葎子さんは 、その拍子に何か思い付いたようで、あっさり話題を変えた。
「あ! ねえねえ!」
うきうきしながらポーチを閉めるものだから、ファスナーがシュッと悲鳴をあげた。
「うなじで思い出したけど、花火見に行かない?」
「うなじ関係あります?」
「花火と言ったら浴衣じゃない。金曜の夜は暇?」
「暇です」
スケジュール帳を開くことなく即答。
わずかな予定は暗記できるレベルでスカスカの手帳など、確認するだけ時間の無駄だ。