【嘘吐きたちの末路】
「ごめん、ちょっと会議が長引いてて。何時までかかるか分からないから、今日はそっちに行けないわ。ごめんな、今仕事立て込んでて。今週はそっち行くの難しいかもしれない」
「そっか、分かった。仕事なら仕方ないよ。仕事しながら毎週末行き来するもの大変だし、今回はやめとこ。わたしも今日は積読本読んでゆっくり寝るね」
電話でそんなやりとりをしたあと、すぐ新幹線に飛び乗った。
彼の転勤で遠距離恋愛になって数ヶ月。毎週末、どちらかが新幹線に乗って会いに行き、一緒に二日間を過ごす、というのを続けていた。
でもお互い仕事があるし、こんなことずっと続けられるわけがない。いつかは会えない週末がやってきる、と。分かってはいるのだけれど。
せっかくここまで続けたのだから、今週末も会いたいという、いわば意地だった。
が。
彼の部屋に着き、夕飯の用意を終えたけれど、いつまで経っても部屋の主は帰って来ない。
良いことも悪いこともあれこれ考え、連絡したほうがいいか、そわそわし始めたとき。
テーブルの上のスマホが震えた。彼からの着信だった。
恐る恐る電話に出ると、聞こえてきたのはやけにご機嫌な彼の声。
「今大丈夫? もう寝た?」
「や、起きてたけど……」
そして歩きながら通話しているのか、靴音がして、それに合わせて少し声が弾んでいた。
「そっかそっか。ならここで問題です」
「はい?」
「俺は今、どこにいるでしょうか」
「はぁ?」
唐突なクイズだった。付き合い始めて二年。こんなに唐突なクイズは初めてだ。
「分かんないけど……会社かな?」
「いーや」
「じゃあ……駅とか?」
「いやいや」
「よく行くラーメン屋?」
「違う違う」
「アパート近くのコンビニ?」
「コンビニの前は通ったけどな」
「うーん……」
「降参するか? しちゃうか?」
「うーん……そうだねぇ……」
というか、ノーヒントでこんなに唐突なクイズ、正解するのは無理だ。会社からアパートまでの間にいないのなら、こっちの地理に詳しくないわたしには答えられない。
粘ることなく降参すると、彼は「フフフ」と不敵に笑う。
そしてどこかのドアを開け、……
「サプラーイズ!」
とにかく元気にそう言ったあと、すぐに「あれ?」と抜けた声を出す。そして少しの間の後再びドアが開く音と「サプラーイズ! ……あれ?」の声。
「ちょっと待て、おまえ今どこにいる?」
その言葉を聞いて、全て分かった。分かってしまった。
彼が今、わたしの部屋にいることを。
会議が長引いているから今週は来られないと言っていたのに。だからわたしがサプライズを仕掛けようと、新幹線に飛び乗ったというのに。まさか彼も、同じサプライズを仕掛けようとしていたとは……。
ああ、嘘吐きたちの末路がこれか。
(了)
【「大丈夫だよ」】
彼はいつも「大丈夫?」と問う。
心配かけたくなくて、わたしはいつも「大丈夫だよ」と答えていた。彼にも自分にも嘘を吐き続けた。
彼はもう「大丈夫?」と問わない。もうわたしを気にかけてはくれない。
「おまえは強いから、俺がいなくても平気だよな」
彼の言葉にわたしは「そうだね」と。また嘘を吐いた。
(了)
【嘯く唇】
彼の夢のために別れる、なんて。時代遅れなのかもしれない。
それでもわたしは、こうするしかなかった。
「さよなら」と悲しげに言う彼に笑顔を向け「さよなら」と返した。
ああ、どうか。嘘吐きなわたしのことなんて忘れて、夢を叶えて。平気な顔して嘯いたことを、後悔させないで。
(了)
【彼は嘘つきだ】
思えば嘘つきな彼だった。
「転職するからもう会えなくなる」と嘘をついて、焦ったわたしに告白させたり。「今日会えなくなった」とメールを寄越したのに、実は待ち伏せして驚かせたり。
「おまえは寂しがり屋だから、俺より先に逝けよ」これも。
「俺がよぼよぼのじいさんになっても、しわしわのばあさんのおまえを大事にするよ」これも嘘。
でも、「おまえが好きだよ」という言葉だけは、嘘じゃなかったと信じたい。
目を伏せたら、黒服が濡れた。
(了)
【僕は嘘つきだ】
僕は嘘つきだ。
その嘘をきみは「たちの悪いサプライズ」と言って笑って許してくれた。
でも、今度ばかりは許さないでほしい。
「おまえは寂しがり屋だから、俺より先に逝けよ」「俺がよぼよぼのじいさんになっても、しわしわのばあさんのおまえを大事にするよ」
このふたつは、僕の人生で最大にして最悪の嘘になってしまった。
僕を許すきみが悪い。僕を甘やかしたから、僕はきみに数々の嘘をついてしまった。
いや、一番悪いのは、守れもしないことを言った僕か……。
もう「おまえが好きだよ」は嘘偽りのない言葉だったと、伝える術はない。
きみがどんなことを想い、どんな風に生き、どんなに美しいしわを刻んだおばあさんになるのかも、僕は知ることができないのだ。
伏せた目は、重くてもう開かない。
(了)