「……先生、よくお話になりますね。料理教室では、恭平先生に任せきりだったのに」

「人聞きが悪いな。俺だって、ちゃんと教えていただろ」

 ホッとして、軽口で返す。

「皆さんの前で話すのは、ほとんど恭平先生でした」

「なら、やめるか?」

「いえ!」

 それならと碧惟も覚悟を決めた。

 梓の肩を動かし、姿勢を正すと、包丁の持ち方から教えた。

「おまえができなさすぎるんだよ。うちの生徒に、包丁を持ったこともないようなやつは、いないからな」

「おっしゃる通りです」

 なかなか碧惟の真似ができない梓の手を握るようにして教えても、梓は少し気まずそうにしたものの、従順な生徒だった。

(俺の方が意識してるみたいだ)

 誰がこんなやつをと思うが、セクハラだなんだと言われても困る。

 というか、だから他の生徒にはもちろんしたことのない指導だ。

(そもそも、こんな基礎から教える必要があったことなんてないしな)

 腑に落ちない気分を抱えながらも碧惟は、キャベツの切り方はもちろん、道具の使い方から後片づけまで、ときに梓に直接触れながら事細かく教えた。

(口で言ってもきかないし)

 言い訳しながら、必要以上に接触しているのではないかと悩む。

 そのわりには、口より先に手が出てしまった。ごまかすように口も開く。

「それで、こんなにキャベツを切ってどうするんだ?」

「どうするって?」

「コールスローにでもするのか?」

「いえ……なにも考えてませんけど」

 この答えには、思わず碧惟も梓から距離を取ってしまった。

「なにも考えてないのに、一玉まるまる切ったのか?」

 梓はキョトンとしている。叱られる理由もわからないのだろう。

 碧惟は心底呆れてしまった。

(料理ができないって、こういうことかよ)

 頭を振りつつ、どこから話せばよいものかと考える。

「おまえな……食べ物はおもちゃじゃないんだぞ? 料理っていうのは、できあがりから考えるんだ。おまえは、何を作ろうとしている?」

「……何も」

「昨日はどうしたんだ?」

「会社でドレッシングをかけて食べました」

「それならいいか……」

 妙に安堵してしまう。

 食べ物を簡単に粗末にするような人間だったら、追い出すしかなかった。

(追い出したくないって思ってんだな……)

 再度認識してしまった自分の気持ちを、とりあえずは置いておき、千切りにされたキャベツの山をにらむ。