はしゃぐ梓の隣に、碧惟が並ぶ。

 横に並ぶと、梓の背の低さが際立った。ふだん碧惟の隣に立つ恭平やアシスタントは、もっと背が高い。

(それに料理もできるし、気も回る)

 比べてしまえば、梓が優るものは思いつかない。

 けれど、散らかったこの調理台を見捨てることは、できなかった。

(仕方ない。やるか)

 碧惟は大きく息をつくと、闇雲に続けようとしている梓を止めた。

「そもそも手は、ちゃんと洗ったのかよ。今、床に落ちたものを拾ったよな?」

「すみません!」

「料理を始める前に、必ず手洗いをしろ。水で流すだけじゃなく、石鹸をつけて、しっかり泡立てて。手のひら、手の甲、指の間、爪の先、手首までしっかり洗い流せ。これができるまでは、食品はもちろん調理器具にも触るな。料理をあなどるなよ。命に関わるんだ。おまえ、わかってんのか」

「すみません……そこまで考えていませんでした」

「だろうな……洗った手は、よく拭く」

 碧惟は備え付けのキッチンペーパーを渡した。

 そして、まな板の上を見分して、眉をひそめる。

「あーあー、こんな塊をいきなり切ろうとしたって、おまえには無理だ。葉を2, 3枚はがしてみろ」

「はい!」

「おまえの手は小さいから、少し丸めて。違う。葉脈を断ち切る方向に切るんだ。ということは、どっちの向きになる?」

「ええと……こっち?」

「そうじゃない、こうだろ」

 口で説明するだけでは、埒が明かない。碧惟は梓の背後に立つと、梓を包むように腕を回した。

「それを左手で押さえる。指を伸ばすな、指を切りたいのか!? 爪を出さないように、手は軽く握る……って、包丁の持ち方からなのか、おまえは。少し力を抜いて」

「え?」

「そんな緊張するな。いいから、一回置け」

 梓は、気の毒なほど緊張している。

(さっきまでの威勢はどうした)

 そう発破をかけたいが、包丁を振り回されても困る。

 ギュッと包丁の柄を掴んだまま固まってしまった梓の右手を、碧惟は両手で優しくほどいた。

「いいか。包丁はこうやって、軽く握るんだ。そんなに握りしめなくていい」

「……はい」

「足は、肩幅に開いて。テーブルから、拳1個分空けて立つ。利き足を後ろに引いて、斜めに立つんだ」

「はい」

「何やってるんだ。おまえは右利きなんだから、右足を下げろ」

 自然と梓の腰に手を当てて、足を引かせた。

(これはまずかったか?)

 あとから思ったが、梓はおとなしく従った。真後ろにいるし、梓もうつむいているので、表情が見えない。

 そっと手を離すと、梓はまた調子よく話し始めた。