「……申し訳ありません。勝手に使ったりして……」

「そんなにキャベツが食べたかったのか? 言えば、用意するのに」

「いえ……実は、その……まったく料理ができないので、少しでも練習しようと」

「料理なんて、できなくたって困らないだろ」

「困らないかもしれませんけど……でも、先生のお仕事をちゃんと知るためには、必要だと思ったんです」

 しょぼくれていた梓は、そのときだけキッパリと顔を上げた。

 それを正面から受け止めるのは気が重くて、碧惟は散らかった調理台を検める。

 まな板の上のキャベツは、丸のまま包丁を入れて、3分の2ほどの大きさを保っている。

 残りは、ザク切りにしたあと細かく切り刻んだのか、なんとか見られた細さになってタッパーの中に収まっている。

 タッパーに見覚えがないのは、梓のわたし物だからだろう。よく見れば、包丁もまな板も、スタジオのものではない。碧惟に一言言えば、なんでも使わせてもらえたかもしれないのに、わざわざわたし物を持ち込んだのだ。

「先生……?」

 呼びかけられたが、梓の顔を見る気にはなれず、視線を落とす。夕食時にはなかった絆創膏が丸っこい指に巻かれ、赤くにじんでいた。

(こんなに料理ができないなら、一緒に仕事できない。そう言えばいい)

 碧惟は堪えきれずにため息を漏らす。

「……わかったよ」

「えっ?」

「教えてやる。初心者を教えることなんて、しばらくなかったから、これも勉強だな」

 苦笑する碧惟に、梓はハッとして食いついてきた。

「そうです! その大事さをわかってもらえれば、今回の企画も!」

「現金なやつ」

「……すみません」

 碧惟はポンッと梓の頭に手を置くと、シンクで手を洗い始めた。

 意識のハッキリしているときに、碧惟から梓に触れたのは初めてだった。

「時間があるときは、見てやるよ」

「本当ですか?」

「時間があるときだけな」

「はい!」

「本当に聞いてんのか」

「先生! 夫婦は、同じ時間を過ごすことで絆を深めていくんですよ!」

「夫婦じゃなくて、講師と生徒な」

「これでまた、結婚に近づきましたね! 新妻にレッスンですよ! 今回の企画そのものですよ!」

「だから、聞いてんのか、おまえ……」