泣きたいときにこそ着替える。おしゃれをする。


今まではそうやって乗り越えて来たけれど、今回は逆効果だった。


私の好きなおしゃれも精一杯のおしゃれも全部あのひとが褒めてくれたおしゃれで、好きなおしゃれをすればするほど、どうしようもなく思い出す。影が散らつく。


そのくせ他の服を着る気にはなれなかった。


——まるごとあいして。


こぼれたのはただの感慨で。

愛でも恋でもなく、熱量でもなく、関係の名前でもなく。


彼は分かったとは言わなかった。いいよとも言わなかった。

黙って頷いた。


ひどいひと。そのあなたこそが去っていくくせに。


物はもらわなかった。記念日もない。柵もない。


だから多分、何もよりどころがない。


『何に乾杯するの?』

『美しいあなたに』


始まりはそれだけ。


低くて少し嗄れた、静かな声がいまだにしつこく耳に残っている。

ふいに思い出す。反響する。


私を占領する。


あなたと呼ばれるのが好きだった。あなたと呼ばれたかった。

彼の「あなた」は、いつでも明確に私を向いていた。


馬鹿みたい。ばかみたい。


でも。


——うつくしいあなたに。


それが好きだった。始まりだった。恋をした。


……それだけで、何が悪いの。