『……分からない人だね』


彼は滅多に怒らなかったけれど、一度だけ怒ったのを見たことがある。


決して声を荒げない。眉根が寄らない。溜め息も吐かない。


囁くようにゆっくり言葉を選んで話す。


怒り方まで色っぽかった。ずるいくらい完璧。


駆け引きはなかった。都合が悪ければ断った。


交わした言葉数は少ない。好きなものも知らない。

約束ひとつも、秘密ひと欠片さえもない。


私は彼に何も望まなかったし、彼も私に何も願わなかった。


気まぐれに連絡が来た。

近づくと知らない香りがするときがあった。それでも別に構わなかった。


ひとつ遅れて隣を歩くのが好きだった。

後ろ姿を見れば彼だと分かる、不思議と追いかけたくなる背中をしていたような気がする。


私は冬が好きだ。


だから、恋が終わるのは冬がいい。


でもこの恋は冬には形にならなくて、そのくせ今終わろうとしていて、別れの季節だからなんて言い訳をわたしにくれる。