「おはようございます、桜坂先輩」

部屋の扉を開けると同時、甘い香りと甘い声色に背後から呼び止められた。

ほんの一瞬だけ眉をひそめて、それから笑顔を作って振り返る。

「おはようございます、小町さん。今日はお早いのね」

小さく首を傾げて、話しながら思う。

くだらない。
滑稽だ。


「えぇ。昨夜は風の音で殆ど眠れませんでしたの。それならいっそ起きてしまおうと思いまして」

甘い、砂糖菓子のような笑みを浮かべて、小町雪歩が隣に並んでゆっくりと歩く。

木枠の窓から差し込んできた朝日に目を細める彼女は、少女と形容するに相応しい。

「桜坂先輩もお早いんですね?早起きして特をした気分です。朝一番に桜坂先輩にお会いできるなんて」

枯れた木々に花でも咲きそうな笑顔を浮かべて、真っ直ぐに私を見つめる瞳。

「光栄ですわ。そんな風に言っていただけるなんて」

微笑み返しながら、そっと視線を窓の向こうにそらす。

段々と茶色く変化し始めた木の葉が、雨粒に濡れて風の中で揺れている。

雨上がりの空がみずみずしい。

「晴れて良かったですわね。このまま降臨祭まで晴れていてくだされば良いんですけれど」

ほう、とため息に混じった声色で小町さんが言うから、視線を戻して微笑む。

「そうね。……準備は進んでいるの?」

胸の辺りまで伸びた髪を耳にかけて、ゆっくりと歩きながら問う。

ぎし、ぎしと古い木の床が、所々軋んだ音を立てる。

「そうだ、忘れていたわ。昨日中途半端にしていた衣装の続きを縫おうと思っていたの。それじゃあ、私はこれで失礼いたします」

スカートの裾を指先でつまんで、お辞儀をしながら小町さんが言う。

顔を上げたその顔はいたずらっ子のような笑みを浮かべていて。

「ごきげんよう」

スカートの裾をつまんで、同じように会釈をして返す。

顔を上げて、いたずらっ子のように、笑った。