「まず、保健室行くぞ。」
しょげて指示を出した十勝に続いて旧校舎を後にしようと歩き出せば
「待って!!」
高い、可愛らしいお姫様の声が響くのと同時に袖をクンッと引っ張られた。
「どうした?千歩。」
不思議そうな顔をするメンツに、お姫様は勢いよく下を向いた。
……頭を、下げた。
「ごめん、みんな。」
さすがにお姫様の意図はわかるだろうな、と思い顔を見渡せばそれぞれが驚いたような、キョトンとした顔をしている。
……うそだろ?
というか、すごく今更だが女の子たちはお姫様が倒したんでしょ?気絶できるほどって結構力があるなぁ。
ぼんやりとほかのことを考えているけれど、お姫様の謝罪はまだまだ続く。
「私が自分勝手な行動して、そのせいでみんなが傷ついた……。私も最初から皆と一緒に戦えば……」
お姫様が言葉を紡ぐ途中、十勝の手がお姫様の頭の上に乗る。
「お前が、無事なら俺達はそれでいいよ。」
さっきとは全く違う表情をしている十勝。
私がここ数日見た表情は無表情か、イヌオくんについて語っている目が煌めいた表情か、はたまた眉間に皺を寄せた表情だけだったが。
へぇ?案外優しく笑うのね。
「でも!それでも私だけが傷つかないなんて良くないでしょ!私だって!!私だって、頼りないかもしれないけどみんなを!!「千歩。」……なぁに?」
「俺は。俺達は、お前を守りたかった。大切なやつを守ってこさえた傷は俺達の勲章だ。守れたっていう証。お前が無事なら、それでいい。
千歩も自分で主犯たちを倒して一緒に戦おうとしてくれただろ?それだけで十分だ。
ありがとう。」
手が頭を動く度に、柔らかそうなサラサラとした髪の毛が揺れる。
「……うん。ごめんね。守ってくれてありがとう。」
すっと、目を細める。違うんだよ、そうじゃない。お前らは傷つけたくなかっただけかもしれないがお姫様は戦いたかったんだ。
みんなと一緒に。守られるだけじゃ嫌だったんだ。
だから、
だから。
「里香ちゃんも、ありがとう!手、怪我しちゃったよね。私が手当する!!」
『ありがとう。』
それでも、笑っていられるなんて。お姫様は強いね。
渡り廊下を歩いて、隣の校舎の保健室へと向かう。ちなみにさっきの男達は手首を縛って主犯格の女子と一緒に然るべきところへと送られるそうだ。
どこに行くのか、興味が無いといえば嘘になるが。とりあえず放っておこう。
外へ出れば、独特の冷気と誇り臭い匂いが鼻につく。何故だろう、と思い空を見れば小雨が降っていた。
どんよりとした鉛色に覆われた天候は垣間からシトシトと泣くように雨を降らせている。さっきの喧騒が嘘のように静かだった。
「雨、降ってきちゃったね。」
「昼飯、どこで食う?」
屋上のつもりだったのだろう、だが雨なので到底入れそうにない。
「千歩たちの教室でいいんじゃね?そういや、荷物は?」
「……教室かも。」
『ほっぽり投げた気がする。』
「……おいおい、」
しとしと、しとしと、雨はまだ、止む気配はない。
気温がぐんと下がった廊下を歩く。使われていない旧校舎とは違って、今使われている校舎は人気がある。
無機質な冷たさがない現校舎。
すれ違う周りの人達は帰るので私達はその流れに逆らっている。
周りの人がこちらへ向ける視線。畏怖、嫌悪、好奇、尊敬。
ああ、どこの暴走族も向けられる視線は大差ないのだと思った。いや、Kの方が人数が何倍もあったのですごかったか。
Kのみんなが通っていた学校の方が単純に人数が多いうえに全員男。今思えばあの学校で過ごしてた私凄いな?
思い出に浸る。
あれ?そう言えば。
『保健室ってどこにあんの?』
「もう少し先だ。」
前の方から返事が返ってくる。意外と距離があるのね。
『そっか。ありがと。』
特に会話といった会話はなく、廊下で響く喧騒が辺りを包んでいた。
保健室に着いた。
保健の先生は外出中だったが皆さんそんなのお構いなしといったように入っていく。いやぁ、不良。忘れがちだけど、こいつら。
授業出てるし、サボらないし。忘れがちだけどこいつら一応不良とヤラをやっているのよね。しかも暴走族。驚き。
星ヶ丘の保健室は他のところと比べて特に何かが秀でてるとか違うようなところはないだろう。ただごくごく普通の保健室。
白やクリーム色の壁とかベッド。独特の消毒液などの薬品の匂い。
清潔な部屋、という感じだ。もちろん、さっきの様な血の匂いなんてしない。
思い思いにベッドやら椅子やらに腰掛けて手当を始めていく。
「輝、これ固定してくれないか?」
「おう。きつくねぇか?」
「大丈夫だ!早く終わらせよう!」
……十勝、貴方怪我したところないのでは?と思ったがそうか。手、かな。少なからず人を殴ればこちらも腫れるから。
暴力なんて、何もいいことないのにね。私が言えたギリなんかじゃないんだけど。
「律〜!僕が手当してあげるね〜!!」
「ありがとう、雪。」
そうか。永富は何もしてないもんな。
くんくん、と腕を引っ張られる。あれ?さっきも引っ張られたよな、なんか既視感。
「里香ちゃんも、手当しよ?」
『いや、大丈夫だよ。先に千歩からしなよ。やってあげる。』
お姫様の手が腫れている。あれ?そう言えば。
『なんであの主犯格を殴ったのが千歩だったの?永富がやれば千歩は怪我もしなかったし1人とり逃すこともなかったでしょうに。』
「あっ、えっと、違うの!」
何故、なんて思いながら千歩の手に消毒液をふりかけて行く。少し痛そうに肩を竦めたけどまぁ、しょうがない。
というか、これくらいの怪我なら別にわざわざ保健室になんか来なくても洗って放置でよかったんじゃないかって思うんだけどね。
そりゃあ、殴られた金髪とか時友達は怪我していないか、とか。していたら手当することが大事だから提案したけど。別に私くらいの怪我ならそこまででもない気がするのだが。
「だって千歩が、僕が隠れてる机の前に立って通せんぼするんだよ~?そりゃぁ僕だってすぐに殴って千歩を守りたかったよ〜。
だって僕達のオヒメサマなんだもん、当たり前じゃ~ん?
だけどさぁ。私がやるって言うから〜。」
「うっ……、ご、ごめん。」
方や一方呆れたように肩を竦めながら話す永富と、頭にうさぎの耳でも生えているのだろうか、その耳を垂らしながら謝るお姫様。
「あんまり無茶はするなよ。」
「うん、分かってるよ、りゅーくん。だから心配しないで。」
眉を8の字にたれ下げた十勝に、笑ったお姫様。さっきもそうだったが、お姫様にやたらと過保護だよな。
そりゃあ暴走族なんだから怪我くらいするだろう。嫌なら姫を辞めさせればいいと言うのに。
「大丈夫だよ。」
お姫様の笑った顔は、仮面を張りつけたようなものに見えた。
何かが、割れた音が、した気がした。
ガラスの瓶なんて、何も、落ちていないのに。
何も。何も。
何かって、何?
あれ?なんだっけ。
ああ、そうだ。
思い出した。
割れたものは
割れた先にあるものは
落ちてわかるのは
____________だ。
全員分、簡単に処置をしてから私たちの教室に向かう。2年生組は途中で弁当を取りに行ったからもう少ししたら来るだろう。
教室の扉を開ければ鍵は閉まっていなかった。私が元いた黒狼は大変とてつもなく荒れていたから移動教室や放課後は鍵を掛けていたけど。
防犯対策や物が取られたりしないように。
まぁ、移動教室って言っても全国一の不良達が集まる学校で授業を受ける真面目な生徒なんているはずがない。
荒れてはいたけれどそれは外から見た感じだけで実際内部にいればそこまででもなかった気がする。【あの人】がトップに立ってからKのメンツ達はどこか柔らかくなったと聞いたことがある気がする。
内輪揉め、というのが無くなったからだろうか。上手く言えないけれど。それか私が副総長をしていたからかかってくる輩がいなかったって言うだけの話かもしれないけどね。