水を失い枯れかけている花瓶の中の花にそっと触れてみる。

あぁ、いつからこんな風になっちゃったんだろう。

「ごめんね、ほったらかしにしちゃって」
目の前の花に語り掛けるように一人呟きながら、花瓶を手に取って中の水を新しいものに変えていく。

お互いに仕事をしていて、生活リズムが違うのはしょうがないことだ。
だけど一緒にいる時間が自然にできないのなら、それはもう努力して作るしかないはずだよね?

ほぼ持ち帰りのない定時に帰って来られる事務職だから家のことは率先してやってるつもりだし、なるべく峻くんの負担が軽くなるように努力もしているつもりだ。

友達との付き合いだって、峻くんが早く帰ってこられそうな時にはなるべく避けて家にいるようにしてる。

仕事が忙しいのはわかる、だけど…

『わたしだけ』

そんな黒い感情が自分の中で渦巻いていく。

…一緒に住むって、こういうことだったのかな?

どんどん嫌な方へと引きずられていく思考を振り払うように、大きく頭を左右に振った。


「やめよう」
自分の中にその言葉を浸み込ませるかのように、ゆっくりと呟いて深呼吸をする。

1人で考えてばっかりいないで、峻くんと1度ちゃんと話をしよう。

そう思い直し、メッセージを送信するためにスマホの画面を開こうとしたとき…

――ピンポーン

ふいに玄関のチャイムが鳴り響いた。

壁に掛けられた時計を見ると、時刻はもう夜の10時半だ。

こんな時間に誰?

打ちかけたスマホの画面を閉じて、少し重い腰を上げて玄関へと向かう。

「え?」
時間も時間だったから覗いてみたドアの小窓からは…何も見えなかった。

いや、正確にはおそらく扉の向こうには大きすぎる何かがある。