良く見てくれていたのは、彼の方だったのかもしれない。

いつも真っ直ぐに距離を詰めてくる彼に、最初は戸惑ってばかりだった。ちょっと怖くて、あんまり仲良くなれなさそうだなって。

でも彼は寂しそうに笑うから。うっかり手を伸ばして――確かに、その時は「うっかり」だったかもしれないけれど。
あの時、手を伸ばして良かったなと思った。


「少し、昔の話をしてもいいかしら。あの子の大事な話。羊ちゃんには知ってて欲しいの」


ゆっくり、確かめるように言う香さんに、力強く頷く。

知りたい。私はきっと、彼について知らないことが沢山ある。


「私、一度離婚しててね。今の夫は、玄と血が繋がってないの」

「え――」

「努力したつもりだったけど、私のせいですごく寂しい思いさせたと思う。だから玄にも強く言えなくてね」


ご飯を一緒に食べよう、一人にしないで。縋るようにそう言った彼の顔が浮かんだ。

ずっと感じていた、彼の背中にこびりついている寂寥感。言葉を欲しがるのも、気持ちを確かめたがるのも、不安そうに私を呼ぶのも。
やけに腑に落ちて、そうか、そうだったのか、と内心独りごちる。


「担任の先生にはいつも迷惑かけてしまって、本当に申し訳なかった。よく家に電話が掛かってきて、この間もそうだったんだけど」