先生が気遣わしげに近付いてくる。


「……いえ、大丈夫です。一人で帰れます」

「そう? 無理しないでね」


首を振った犬飼くんの表情は暗く、そして強ばっていた。
その視線が動く。

びく、と肩が跳ねたけれど、彼が捉えたのは私ではなかった。


「ほんと、とことん邪魔だなー……」


そう呟いた犬飼くんの目が、恐ろしく殺伐としていて。呼吸を、忘れた。
ベッドから降りて立ち上がった彼は、私を見て薄く笑う。

足音が近付いてきたかと思えば、すぐ後ろで狼谷くんが口を開いた。


「『病人』は早く帰った方がいいんじゃない」


その声色の単調さに足がすくむ。一切の感情を切り取った、無機質なトーン。

犬飼くんはただ黙って狼谷くんを睨めつけた後、顔を背けて保健室を出て行った。


「あ、悪いけど私、また職員室に戻るわね。そこの電気だけ消しておいてくれる?」

「は、はい……分かりました……」


先生が振り向きざまに頼み込んでくるのを了承し、その背中を見送る。
ドアが閉まった音で、我に返った。

目の前に狼谷くんがいる。どうして、と聞きたいのは山々だったけれど、今はそれよりもこの状況から逃れたい。


「あ、えっと……」