私が言うと、犬飼くんはそろそろと顔を上げた。


「ほんとに?」

「うん、ほんと」


彼の目尻がたちまち垂れ下がる。溶かされたチョコレートみたいに笑った犬飼くんは、心底嬉しそうに頬を染めた。


「白せんぱぁい……」

「うん?」

「もう余計な虫けらに構っちゃだめですよ。先輩が穢れちゃいますから……」

「虫……え? どういう、」


私の腕をぐっと引いて、犬飼くんが身を乗り出す。


「――白先輩を穢す奴は、例え誰であろうと許さない」


耳元で聞こえたその声が。
今まで会話をしてきた彼とはまるで別人で、背筋が凍った。


「え……? 犬飼くん、」


一体君は、誰。


「あら、ほんとだわ〜! ごめんね、ちょうど空けてて……」


ドアが開く音がして、背後から保健の先生の声が飛んできた。

反射的に身を引いて、犬飼くんから距離を取る。


「教えてくれてありがとうね、狼谷くん」


その言葉に、全身から血の気が引いた。
弾かれたように振り返り、状況を把握する。

保健の先生に軽く頭を下げる狼谷くん。なぜ、どうして。意味が分からない。
なぜ彼がここにいるのか。


「あ、犬飼くん。今ね、保護者の方に連絡しようと思ってたんだけど……」