耳に届いたのはそんな問い掛けで、私は応答に困った。

真面目――それが毎日同じ時間に登校して、授業を受けることを指すのなら、答えは簡単だ。彼は真面目じゃない。


「正直ね、私もどう向き合っていいか分からない時があったの。ただ模範的に叱るだけじゃ、耳を貸してくれないから」


蛇口から水の流れる音と、彼女の声が混ざり合う。
なんとなく、そちらを見ない方がいい気がして、私は俯いたまま食器を拭いた。


「でも少し前から、毎日学校に行くようになってね。軽く聞いてみたら、『勉強教えなきゃいけないから』って」

「え――」

「その時、初めて玄の口から女の子の名前を聞いたの。それが『羊ちゃん』だった」


弾かれたように顔を上げる。慈悲深い眼差しがそこにはあった。


「ありがとうね。本当に、ありがとう。あなたのおかげで、玄は随分優しくなった」


優しくなった? 狼谷くんが?
違和感を覚えて、数秒固まる。

だって、彼は最初から今までずっと優しかった。それが彼本来の人柄なのだ。
決して、私がどうこうというわけではなくて。


「……狼谷くんは、優しい人です」