怪人デカシリとの死闘から早くも二週間近くが経とうとしていた。地球には束の間の平和が訪れ、品川凜太郎たちはそれを噛みしめていた。



 ある日の夕方。凜太郎は学校の授業を全て終え、その帰りに所長の丸田晋助、研究員の目黒万次郎、千葉敏也、辻照子のいる研究所へと訪れていた。早朝から普段の業務に加え、あの死闘の翌日より行っているデカシリとの戦闘データの解析、そして新武器の企画開発をようやく終えた4人と凜太郎が研究所内の中央付近にある幅2m程のシルバー色に輝く、長方形型のテーブルを囲んで談笑している。晋助、万次郎、照子の前には紙コップに注がれたホットコーヒーが、敏也と凜太郎の前にはガラスコップに注がれたコーラがそれぞれ置かれている。
「今度の新武器は凄いぜ。な?所長」
敏也に話を振られた晋助がホットコーヒーを一口飲んでから答える。
「うむ。なんせあのぷりけつビームを防ぐ盾対策用に造った武器じゃからの」
「それは凄いですね!で、どんな武器なんですか?」
凛太郎の問いに晋助が自慢げに答える。
「思えばぷりけつヒーローにはヒップアタックやぷりけつビームといった、いわゆる必殺技はあっても武器はなかった。そして今回、怪人の盾対策用として開発した武器。それは――」
「それは?」
「盾を斬り裂く剣!"ぷりけつソード"じゃ!!」
晋助のドヤ顔に対し、呆然と立ち尽くす凛太郎。
「剣、ですか?」
「そうじゃ。剣じゃ。なにか問題でもあるのか?」
「問題、というか……。俺、剣道とかやったことないんですけど、大丈夫ですか?」
「心配せんでもよい。それに関してもすでに対策を考えておる」
「対策?」
「そろそろ来る頃じゃな」
壁に掛けられたアナログ時計を見て、晋助が呟くように答える。時計の針は17時を少し回っていた。
「来るって、誰が――」
凛太郎の言葉を遮るかのように、突如として5人の目の前に黒い渦が現れる。凛太郎は動揺を隠しきれない。それとは対照的に晋助たちは至って冷静だ。
「しょ、所長!!研究所内に黒い渦のようなものが!」
「あぁ、そうか。凜太郎くんは初めてじゃったの。あれは遠く離れた場所へ移動する際に使う、一種のワープホールのようなものじゃ。凜太郎くんも怪人が出現した時に転送装置を使って転送しとるじゃろ?あれと似たようなものじゃ」
「でも、そのワープホールを使って一体誰がこの研究所に……」
「おぬしの"師匠"となる奴じゃ」
「師匠?」
黒い渦の中から左眼に眼帯をした男が5人の目の前に姿を現した。血のように赤く染まった甲冑を身に纏い、2本の剣を腰に携えている。片方の剣の柄頭の部分には金色に輝く鈴がついている。背丈は万次郎より少し低い。男は不気味な笑みを浮かべながら晋助と万次郎の顔を眺め、口を開いた。
「よう。晋助さん、それにあんちゃんも。あん時以来だな」
「ベルよ。忙しいところすまんな」
「いいってことよ。それに、ちょうど暇してたところだ」
「俺はまだ貴様を信用したわけではない。訊きたいことも山ほどある。そのことを忘れるな」
万次郎がベルを睨みつける。ベルは鼻で笑ってからそれに答える。
「安心しろ。俺もお前に信用されてぇなんて微塵も思っちゃいねぇよ。後な、訊きたいことがあるなら腕ずくで訊いてみたらどうだ?いつでも相手になってやるよ。まぁ今のお前じゃあ俺に傷ひとつつけることもできねぇだろうがな」
せせら笑うベル。
「ならお言葉に甘えて、そうさせてもらうとしよう」
万次郎がベルに近づこうとするのを晋助が制止する。
「万次郎!ベルの挑発に乗るでない。ベルも煽るような言動は慎め。おぬしは今日、凜太郎に剣の稽古をつけるために来たのであって喧嘩をしに来たわけではない。違うか?」
「まぁたしかにそうだな。それに、こんな雑魚を斬ったところで面白くもなんともないしな。で、こいつが凛太郎か?」
「は、初めまして。品川凛太郎と申します」
「ふ~ん……」
ベルは凛太郎のすぐ目の前まで歩み寄ると、間近でその顔をじっと見つめた。
「こんなもやしみたいにヒョロヒョロした奴に本当に素質なんてあるのかねぇ」
「す、すみません……」
威圧され、思わず謝ってしまう凛太郎。
「まぁいい。今回、晋助さんからの依頼でお前に剣術を教えることになったベルだ。俺から剣術を学べることを光栄に思うんだな。後、やるからには徹底的にやる。多少の怪我は覚悟しとけ。お前も俺を殺す気でこい」
「は、はい!よろしくお願いします!!」
「後で俺の連れも来る。その時はまた紹介してやろう」
「はい!」



ベルは誰かを探すように辺りを見渡した。
「今日はあのガキはいないんだな」
「あぁ、葵ちゃんのことかの?あの時以来見てないのう。まぁ元々一般人じゃからの。あの時は事情が事情じゃったし、もうここには来んかもしれんのう……」
寂しげな表情を浮かべる晋助。凛太郎が晋助に問いかける。
「葵ちゃんって例の?」
「そうじゃ。わしの孫みたいな子での」
敏也が割って入る。
「クソ眼鏡と仲が良くてな。こいつのお気に入りなんだよ」
敏也の言葉を聞いた万次郎がすぐに反応する。
「誤解を招くようなことを言うな!クソチビ。断じて仲が良いわけではない。あの時は仕方なく面倒を見てやったまでのことだ。あいつがいなくなって清々した。それを仲が良いと認識するのは誤りだ。すぐに訂正して詫びろ。今すぐだ!」
「随分なこと言ってくれるじゃない。万次郎お兄ちゃん」
一同が振り返ると、そこにはいつの間にか小学校5年生くらいの女の子が立っていた。驚く一同。万次郎はかなり動揺している。
「あ、葵!?お、お前!いつからそこにいた!?それに、どうやって入ってきた!?貴様はここの合言葉を知らないはずだ!」
木村葵は微笑を浮かべ、答える。
「あの時のあんた、最高に面白かったわ。笑いを堪えるの大変だったのよ」
「き、貴様!あの時聞いてたのか!!」
「あんな大きな声で叫ばれたら嫌でも聞こえるわよ、バカね。逆に聞こえてないって本気で思ってたの?だとしたら、あんたもとんだ間抜けね」
「間抜けとはなんだ!だいたい子どもが出歩いていい時間じゃないだろうが!親にはちゃんと言ってきたんだろうな?」
「パパもママもまだ仕事よ。家政婦さんも夕飯の支度で忙しそうだったから書き置きをしてきたわ」
「言ってないじゃないか!!」
溜め息をつく晋助。
「やれやれ。相変わらずじゃの、葵ちゃんは。仕方ないのう。まぁ折角遊びに来たんじゃし、今日はここに泊まっていくとよかろう。万次郎、おぬしから親御さんに連絡して差し上げなさい」
「わーい!!ありがとう!おじいちゃん」
葵は無邪気に笑い、喜んだ。
「所長。よろしいんですか?」
「仕方なかろう。追い返すような真似もしたくないしの。おぬしは葵ちゃんの面倒を見てあげなさい。部屋は自由に使ってよい」
「かしこまりました」
小さく舌打ちをする敏也。
「所長は子どもにあめぇなぁ」
そんな敏也の様子を見た照子が微笑を浮かべる。
「ほんとはあんたも嬉しいくせに。万次郎もあんたも素直じゃないんだから」
「断じて嬉しくない!!」
万次郎と敏也は同時に強く否定した。



一方その頃、葵は凜太郎を興味深げにじっと見つめていた。
「おじいちゃん。もしかして、この子が凜太郎って人?」
「あぁ、そうか。葵ちゃんと凜太郎くんは初対面じゃったの。そうじゃ、この子が品川凜太郎くんじゃ」
凜太郎は葵に歩み寄ると、同じ目線の高さになるようにしゃがみ込み、手を差し伸べた。
「初めまして。君が葵ちゃんだね。みんなから話は聞いてるよ。色々大変だったみたいだね。俺はまだここに来て間もないけど、これからよろしくね」
葵に向かって優しい笑みを浮かべる凜太郎。葵は凜太郎の手を無視し、観察するように目を細めて凜太郎を見つめ続けている。
「まぁあれね。顔は悪くないけど、なんかちょっと頼りなさそうね。おじいちゃん、この子本当に大丈夫なの?」
「言ってくれるね」
凜太郎は手を引っ込めると苦笑いを浮かべた。
「たしかに見た目はアレじゃが、こう見えてすでに怪人を2体倒しておるんじゃよ」
その晋助の言葉を聞いた凜太郎が一瞬驚きの表情を見せる。
「所長!俺がヒーローだってこと、この子に言っちゃっていいんですか!?」
「あぁ、この子は大丈夫じゃ。おぬしのこともすでに知っておる」
「そうなんですか……」
「おいおい。俺のことはほったらかしかよ」
静観していたベルが口を開いた。ベルは葵に歩み寄ると、その鋭く、冷たい眼で葵を見下した。
「こいつがあん時がガキか。なるほど、大きくなったもんだな。ガキの成長は早いというが、まさにその通りだな」
「あんたも相変わらずいけすかない奴ね。その眼帯も似合ってると思ってつけてるとしたら救いようのない厨二病のナルシストだわ。全然似合ってないから、それ」
ベルはその場で口を大きく開けて、高笑いをした。
「おもしれぇガキだな、お前。気に入ったぜ。お前を見てるとリリーを思い出すぜ。なぁ?晋助さんよ」
暗い表情を浮かべて視線を逸らし、言い返せずに黙り込んでしまう晋助。葵は率直な疑問としてベルに訊ねた。
「そのリリーって誰よ」
それは万次郎たちにとってもずっと訊きたかったことだった。しかし、晋助のただならぬ様子と、晋助との約束のこともあり、今まで訊けずにいたのだ。周囲に重く、短い沈黙が流れる。
ベルはほくそ笑むと、静かに口を開いた。
「リリーってのは昔いた俺たちの仲間の1人だ。ありとあらゆる武術を極めた女でな。その拳や脚に斬撃や炎、氷、雷を纏わせて戦う女だった。強かったよ、あいつは。本当に強かった。ただ強いだけじゃない。人としての強さも兼ね備えてた最高の女だった……。もし今あいつがいたら凛太郎、お前の力にもなってくれただろう。しかし、奴はもういない。なぜなら……そこにいる丸田晋助!てめぇに殺されたからだ!!」
一同に衝撃が走る。凛太郎たちは息を呑んだ。そんな中、葵だけがただ1人、怪訝な表情を浮かべていた。



「熱くなってるところを申し訳ないんだけどさ、一つ訊いていい?」
「……なんだ?」
「あなた、なんでそこまでリリーって人にこだわってるの?」
葵の意外な質問にベルは一瞬驚きの表情を見せた。
「なぜそんなことを訊く?」
「質問に質問で返すのは感心しないわね。訊いてるのはこっちよ。まぁいいわ、答えてあげる。ずっと引っかかってたのよ。あの時もそうだったけど、リリーって人のことを真っ先に言い出して怒ってたのはあなた。そして、今回も。他の連中はむしろ私たちの前でその名前を出すのを躊躇っているように見えたわ。まるでタブーのようにね。でも、あなただけは違った。なぜかしら?なにか訳でもあるの?」
ベルは微笑を浮かべると葵の質問に答える。
「お前、ガキにしてはえらく頭が切れるな、驚いたぜ。ますます気に入った。いいだろう、教えてやるよ。俺がリリーにこだわるのは、リリーが俺の……婚約者だったからだ!」
再び一同の間に衝撃が走った。驚きの表情を隠しきれない万次郎たち。晋助だけがずっと視線を逸らし、暗い表情を浮かべている。



「そこまでだ!ベルよ」
一同が声のした方を向くと、そこには漆黒の甲冑とマントを身に纏い、口元を黒い面頬で隠した、葵より背の小さい小学校低学年くらいの銀髪の少年と、目元まで覆われたフードが特徴的な白いローブを身に纏い、右手に杖を持った男が立っていた。
ベルは銀髪の少年の出現に激しく動揺している。銀髪の少年の鋭い視線がベルを捉えて離さない。
「コ、コウ様!?なぜセアラと一緒に……!」
「なに、凜太郎という男がどのような男かと思ってな。気になり、顔を見にきたまでのことよ。それよりもベル。我は凜太郎に剣術を学ばせるために貴様をここへ向かわせたはず。それが何故このようなことになっておるのだ」
「そ、それは……」
冷や汗をかき、たじろぐベル。それをコウは依然として鋭い眼で睨みつけている。
「今回、晋助からの依頼を受け、我は剣の腕でも信頼しておる貴様を向かわせた。つまり、これは我らの仕事だ。その場で貴様はなにをしておるのだと訊いておるのだ。答えよ、ベル」
ベルはコウに威圧され、恐怖でなにも答えることができずに立ちすくんでいる。
その様子を見たベルは静かに目を瞑ると深い溜め息をついた。
「もうよい」
そう言うや否や、コウは目を見開き、一瞬でベルの目の前まで移動したかと思うと、その小さな身体からは想像できないほどの脚力でベルを蹴り飛ばした。ベルは吐血し、5m先の壁に強く叩きつけられた。光より速いその速さに一瞬なにが起こったか分からず、反応が遅れる一同。他の者がそれに気づいたのはベルが叩きつけられた後のことだった。
「そこで少し頭を冷やすがよい。愚か者め」
ベルは口から血を垂れ流してぐったりとし、完全に気を失っている。
「あの男も怪人を倒した手練れ、相当強いはずだ。それを武器も使わず、ただの蹴り一撃で……!このコウという男、どれほど強いというのだ」
ベルに助けられたことのある万次郎は彼のその強さも十分理解していた。故に、赤子の手をひねるが如く、いとも簡単にベルを倒すコウの底知れない強さを誰よりも感じ取っていた。
「う、動きが見えなかったぜ……!こいつ、マジで怪人よりやべぇぞ!!」
コウに威圧され、無意識に一歩引いてしまう敏也。それに気づいた照子が敏也に喝を入れる。
「し、しっかりしなさいよ!あんた、男でしょ!?」
「う、うるせぇ!!お前だって脚震えてんじゃねぇか!!」
「私はいいのよ!女の子なんだから!!」
「はぁ!?"女の子"だぁ!?どの口がそんなこと言ってんだ!」
「どういう意味よ!!」
「やめんか!!二人とも!落ち着くんじゃ!」
照子と敏也の間に入り、二人を制止する晋助。その間、葵は自責の念に駆られ、うつむき、落ち込んでいた。
「ごめんなさい、おじいちゃん。私が余計なこと訊いたりしたから、こんなことに……」
晋助は葵の頭を優しく撫でた。
「葵ちゃんはなにも間違ったことはしとらんし、なにも悪くない。じゃから、なにも気にすることはないんじゃよ。大丈夫じゃ」
「おじいちゃん……」
不安げに晋助を見つめる葵。そこへ凜太郎が近づき、再び葵と同じ目線の高さまでしゃがみ込むと優しく微笑んだ。
「そうだよ、葵ちゃん。俺たちもいるし、所長たちもいる。それに、あの人たちは俺に剣の稽古をつけるために来たんだ。少なくとも今はこっちになにか悪さをすることはないはずだよ。頭のいい君なら分かるよね?」
「うん……」
「後は俺に任せて、君は万次郎さん、敏也さんと一緒に部屋に隠れててくれるかな?」
「分かったわ。凜太郎お兄ちゃん!頑張ってね!!」
「ありがとう。万次郎さん、敏也さん。葵ちゃんをお願いします」
「あぁ、任せろ」
「頑張れよ!凜太郎!!」



葵を連れ、その場を後にする万次郎と敏也。静観していたコウが口を開く。
「話は済んだか?」
「あぁ」
「では、改めて自己紹介をしておこう。我の名はコウ。隣にいるのがセアラだ。そして、そこで寝ておるのがベル。本来であればそこのベルが貴様に剣術を教えるはずであったが、あの有り様なのでな、今回は特別に我が直々に稽古をつけてやろう」
その言葉に驚く晋助とセアラ。
「ちょ、ちょっと待て!!おぬしが凜太郎に稽古をつけるのか!?」
「なんだ?晋助。我では不服だというのか?」
「い、いや……そういうわけではないんじゃが」
「であれば、問題あるまい。なに、気にするな。騒がせてしまった、せめてもの詫びだ。我が直接稽古をつけることなど滅多にないのだが、今回は晋助からの依頼。応えねばなるまい」
「コウ様!なにもそこまでしなくてもよろしいのでは……?」
「では貴様が教えるというのか?セアラ。剣を使えん貴様がなにを、どのように教えるというのだ。申してみよ」
「そ、それは……」
コウの問いかけになにも答えることができず、黙り込んでしまうセアラ。
「答えは出たようだな。では、行くとしよう。晋助、悪いが転送装置を少し借りるぞ。セアラ、貴様もついてこい」
「はっ!」
転送装置のある部屋へと向かうコウ、セアラ、凜太郎の三人。
「待ってくれ!!」
晋助は三人を呼び止めた。
「今更かもしれんが……。リリーのことは本当に、すまなかった……」
コウに頭を下げる晋助。コウはそれを氷のように冷たい眼で見つめている。
「それは、言うべき相手が違うのではないか?晋助よ」
晋助に背を向けたまま、ベルの方へ視線を向けるコウ。晋助は頭を下げたまま動こうとしない。三人はそのまま転送装置のある部屋へと向かい、こことは違うどこかへと向かっていった。
「所長……」
晋助を気遣い、心配そうに見つめる照子。
「コウよ。わしに、わしにどうしろというんじゃ……」
姿勢はそのままに、その場で立ち尽くす晋助。脳裏に過去の光景が甦り、目から涙が零れ落ちそうになるのをぐっと堪える。照子はかける言葉が見つからず、ただそばにいることしかできなかった。
 一方その頃、三人は研究所の転送装置を使い、アメリカまで飛んでいた。そこは辺り一面の荒野で、なにもない場所だ。人気もない。夜の闇が辺りを支配し、空に輝く星々と月の灯りだけが微かに大地を照らし出している。凜太郎の左腕につけた通信機が鳴る。
「はい。凜太郎です」
「照子よ。今からぷりけつソードの使い方について説明するから、少し長くなるけどよく聞いてね。基本的にはぷりけつビームと同じで音声認識よ。通信機に向かって"ぷりけつソード装着!"って叫べば、あなたの右手にぷりけつソードが出てくるわ。逆に収める時は通信機に向かって"ぷりけつソード解除!"って叫べば消えるから。ぷりけつビームとの大きな違いは、ぷりけつソードは解除後でも再充填時間なしですぐにまた出すことができるって点ね。ただし、1度に出せるのは1本だけよ。後、ぷりけつビームほどじゃないけどエネルギーも多少使うから無駄に多用しないこと。当たり前だけど、ぷりけつビーム同様、変身してないと使えないから注意してね。ざっとこんな感じなんだけど、分かった?」
「うん、よく分かったよ。ありがとう、照子さん」
その時、照子はなにかを思い出したかのように声を上げた。
「そうだ。言い忘れるとこだったわ。ぷりけつソードの他にも新機能があるの」
「新機能?」
「そうよ。通常サイズ、つまり、身長は今のままで変身できるように改良したの。巨大化した時ほどじゃないけど、ある程度耐久力もあるわ。瓦礫に潰された程度なら死なないはずよ。消費エネルギー量も通常サイズなら微量で済むわ」
怪訝な表情を浮かべる凜太郎。
「それって、必要な機能ですか?」
「例えば、怪人に覚られずに、且つ、比較的安全に近づくこともできちゃうし、その状態のまま巨大化も可能だから怪人を奇襲することも可能よ。危険地帯を進んで住民を助けることもできちゃうわね」
「なるほど。たしかに、使い分ければ色々用途はありそうですね」
「使い方は簡単よ。いつもの変身時の言葉の語尾に巨大化する場合は"巨大化"、通常サイズの場合は"ノーマル"と言い足すだけ。ちなみに、なにも言い足さないと自動的に巨大化しちゃうから注意してね。後、通常サイズから巨大化する場合や、巨大化から通常サイズになる場合も基本的にやり方は同じよ。変身解除する方法は前と変わってないから」
「了解です」
「それじゃあ、みんなと研究所で待ってるから。頑張ってね」



照子からの通信が切れた。凜太郎は剣を使用すべく、まずは変身することに。コウとセアラもそれを察し、興味深げに凜太郎を見つめている。
「あ、あの~……」
凜太郎は恥ずかしそうに顔を赤らめながらうつむいている。
「どうした?変身するのだろう?案ずるな、貴様が変身するまでここで待っててやる」
「いや、そうじゃなくて……。ちょっと向こうむいて、耳塞いでてくれませんか?」
「何故我がそのようなことをせねばならん。理由を申せ」
"恥ずかしいから"とはなかなか言い出せない凜太郎。その場で黙り込んでしまう。
「理由がないのであれば従う意味もあるまい。さっさとしろ、時間が惜しい。我らも暇ではないのだ」
コウの鋭い視線が凜太郎を貫く。凜太郎は渋々、コウたちの見ている前で変身する決意を固めた。思わず溜め息が漏れる。
「では、変身します」
「うむ」
深呼吸をする凜太郎。
「ぷりけつぷりけつぷ~りぷり!ノーマル!!」
凜太郎は尻を突きだし、軽快に左右に腰を振りながら叫んだ。身体全体が白く輝きだし、光が凜太郎を包み込む。コウたちは凜太郎の突然の行動に驚きの表情を見せている。
 包み込んだ光が消えると、そこにはぷりけつヒーローへと変身した凜太郎が立っていた。全身桃色のコスチュームで口元は隠れており、頭の部分は尻の形をし、ヘソの位置には大きく"ぷ"と書かれ、丸で囲まれている。いつもの如く、尻の部分は丸出しの状態だ。コウとセアラは愕然としている。凜太郎は恥ずかしさのあまり、顔から火が出そうだった。
「お、終わったか?」
「……はい。終わりました」
「今ようやく貴様の言葉の真意を理解した。貴様を辱めてしまったこと、詫びさせてほしい。すまなかった」
「謝らないでください。逆に辛いです……」
「そ、そうか。分かった」
「コウ様は晋助さんにあんな趣味がおありだったこと、ご存知でしたか?」
「あやつの趣味まで我は知らん。昔から変わったやつではあったが、よもやこれほどとはな……」
気まずい空気が三人の間に流れる。
「で、では、剣の準備をしますのでもう少し待っててください」
「うむ」
凜太郎は照子に言われた通り、早速試しに剣を出してみることした。通信機を口元まで持ってくると、大きく息を吸い込んだ。
「ぷりけつソード!装着!!」
凜太郎の声に反応し、今度は右手が白く輝きだす。光は剣の形へとその姿を次第に変えていく。刃の部分は白銀色に、鍔から柄にかけてはピンク色に輝いている。鍔の部分は尻の形をしている。一風変わった剣だ。
「これが、ぷりけつソード……?」
凜太郎は自身の剣をまじまじと見つめている。コウたちも興味深げにそれを見つめていた。
「ほう。それが貴様の剣か。少し見せてもらっても構わんか?」
「ええ。構いませんよ」
コウに自身の剣を手渡す凜太郎。コウは凜太郎から剣を受け取ると、柄の部分から剣先まで舐め回すように見つめた。
「鍔の部分は少し妙な形をしておるが、なかなか良い剣だ。さすがは晋助といったところか。これであればあの巨人共を斬れるだろう」
そう言うと、コウは凜太郎に剣を返した。
「この剣ってそんなに凄い剣なんですか?俺にはそう見えませんが……」
「世界には数多くの名剣と呼ばれる剣があるが、斬れ味だけでいえばどの名剣よりも勝るといえよう。まぁ我やベルが使う剣ほどではないがな」
「でも、剣ってもっと重いものかと思ってたので、思いのほか軽くて驚きました」
「恐らく貴様に合わせて極限まで軽量化したのだろう。そこまで軽い剣は我も初めてだ。しかし、過信はするな。どのような名剣も使い手がなまくらだと剣もなまくらとなる。努々忘れるな」
「はい!」
凜太郎は力強く答えた。



「では、これより貴様に剣術を教える。まずは貴様がどの程度剣を使えるか把握したい。我を殺す気でかかってこい。手加減は無用だ」
「分かりました!」
「うむ、良い返事だ。怪我をしても案ずるな。そこにいるセアラが治してくれる」
「改めまして、セアラです。私は剣は使えませんが魔法が得意でしてね。さすがに死んでしまった者を生き返すことはできませんが、それ以外の傷や病気であれば瞬時に治せますので安心して稽古に励んでください」
セアラの"魔法"という言葉に敏感に反応する凜太郎。
「ま、魔法って、あの魔法ですか!?」
「えぇ、あの魔法です」
「魔法って実在したんですか!?ゲームとかアニメの世界だけのものだと思ってました」
「厳密に言うと魔法であって魔法ではありません。我々が勝手にそういってるだけです。まぁ詳しくは言えませんが、あなたの使うぷりけつビームの応用だと思ってください」
「俺、いつか魔法も習ってみたいんですが……。ダメですか?」
凜太郎の質問にコウが答える。
「無論それは一向に構わん。向上心があるのは良いことだ。剣と魔法が使えればそれだけ戦術の幅も広がるだろう。が、今は剣術が先だ。魔法を学ぶのはその後でも遅くはなかろう」
「はい!俺、頑張って強くなります!!」
「うむ、では始めるとしよう」
10m程離れ、向かい合う凜太郎とコウ。コウは至って冷静だが、一方、凜太郎は緊張のあまり肩に力が入り過ぎている。剣の構え方もどこかぎこちない。コウの鋭い視線と、その小さな身体からは想像もできないほどの圧倒的な威圧感を感じた凜太郎は額に汗を滲ませていた。汗は頬を伝い、乾いた地面へと静かに落ちた。その瞬間、凜太郎は意を決し、剣を振りかぶって足を踏み出した。
「やぁー!!」
凜太郎のかけ声が広い荒野に響き渡る。二人の距離が徐々に縮まっていく。コウは余裕の表情を浮かべながら微動だにしていない。
そして、凜太郎はコウの頭上めがけて剣を力いっぱい振り下ろした。



「なるほど。この程度か」
コウは右手の人差し指と中指のたった2本だけで凜太郎の剣を受け止めていた。かすり傷ひとつついてない。
「う、動かない……!!なんで!?」
「これが力の差というやつだ。今の貴様では我に傷ひとつつけることも敵うまい。貴様も幾度か死線をくぐり抜けてきたみたいだが、我に言わせればまだまだヒヨっ子よ。だが、初めてにしては太刀筋は悪くない。やはり貴様は良い戦士となる」
凜太郎がどれだけ力を込めても剣は微動だにしなかった。コウは汗ひとつかかず、顔色ひとつ変えてない。
「次は貴様の耐久力も見せてもらおうか」
「えっ!?」
「案ずるな。死なん程度に加減してやろう」
突然、凜太郎の目の前でコウの姿が消えた。バランスを崩す凜太郎。それはまるで瞬間移動でもしたかのように。
次の瞬間、凜太郎の背中に激痛と衝撃が走り、その身体は数km先まで吹き飛ばされた。手放した剣がコウの足元に落ちる。この間、わずか0.2秒。その衝撃の正体はコウの蹴りだった。コウにとってはただの蹴り。それも本来の半分の力も出してなかった。
「随分遠くまで飛んでちゃいましたね」
セアラは他人事のように言った。凜太郎の吹き飛ばされた方を面白そうに笑みを浮かべながら見つめている。
「セアラ、なにをしておる。さっさとあやつを拾ってこい。ついでに傷も癒してやれ」
「えぇ!?わ、私が拾ってくるんですか!?」
「そのための貴様だ。なんだ、我になにか言いたいことでもあるのか?構わん。遠慮せず言うてみよ」
この時、セアラはコウからただならぬ殺気を感じとっていた。明らかに凜太郎の時のそれとは比べものにならないほどの殺気だ。セアラの杖を持つ右手が小刻みに震えだす。
「い、いえ……。そのようなことなど決してございません。今すぐ拾ってまいります」
「そうか、ならばよい。では、頼んだぞ。セアラ」
「はっ!」
セアラが杖に力を込めるとその先端が黒く輝きだし、黒い渦が現れた。セアラはその中へと消えていった。
「うむ……。耐久力も鍛えてやるとしよう。これは鍛え甲斐がありそうだ」
コウは足元に転がった凜太郎の剣を見つめながら、面頬の奥で薄っすら笑みを浮かべた。
 一方その頃、コウに吹き飛ばされた凜太郎は広い荒野のど真ん中で意識を失っていた。吐血したのか、その口からは血が流れ出ていた。衝撃と痛みは背中を貫通して肋骨まで達し、骨は粉々に砕け散っている。臓器の損傷も激しい。
そこへ黒い渦が現れ、その中からセアラが現れた。セアラは凜太郎の様子を目視で確認すると深い溜め息を漏らした。
「やれやれ……。世話のかかる子ですね」
そう言うとセアラは杖に力を込めはじめた。杖の先端が緑色に美しく輝きだす。すると、同様の光が凜太郎の身体全体を優しく包み込むように現れ、その光は体内外の傷を瞬時に癒した。傷が完治した凜太郎は眠りから覚めるように瞼を開けてからゆっくりと立ち上がった。
「あれ?俺、なんでこんなところに……」
「おはようございます。ヒーローさん」
凜太郎が後ろを振り返ると、そこにはセアラが微笑を浮かべながら立っていた。
「あなたは、たしか……セアラ、さん、でしたっけ?」
「憶えていただき光栄です」
凜太郎は現在地を確認するかのように辺りを見渡した。
「ここは?」
「あなたはコウ様に蹴り飛ばされたんです。変身していたからこの程度で済みましたが、生身の状態だったら間違いなくあなたは死んでいたことでしょう。その妙なコスチュームに感謝するのですね」
凜太郎の脳裏に蹴り飛ばされた瞬間の光景が甦る。
「コ、コウさんは!?」
「向こうで首を長くしてお待ちですよ」
「結構待たせちゃってますよね?」
「待たせちゃってますね」
「……怒ってました?」
「さぁ、どうでしょう。でも、これ以上お待たせするのは得策とはいえないかもしれませんね。あの方も短気なところがありますから」
「今すぐ戻りましょう!!」
「かしこまりました。では、私の肩に掴まってください。移動しますよ」
凜太郎は言われた通り、セアラの肩にしっかり掴まった。セアラはそれを確認すると、杖に力を込めはじめた。杖の先端が再び黒く輝きだし、黒い渦が現れる。二人はその渦の中へと消えていった。



 コウの背後に黒い渦が出現し、その中から凜太郎とセアラが現れる。凜太郎は初めての体験に驚きを隠せない。少し興奮しているようだ。
「す、凄いですね!これ!!これが"魔法"ってやつですか?」
「えぇ、簡単にいえばそうなりますね。あなたの傷を癒したのもそれの一種です」
「これがあれば転送装置なんて必要ないですね!」
「まぁそうなりますかね。ただ、この力はあなたの必殺技同様、使用するには多少エネルギーを使用するんですよ。だから、調子に乗って無駄に多用すると肝心な時に使用できなくなります。だから、ここへ移動する時もあえて転送装置を使ったのです。無駄な消費を避けるために、ね」
「なるほど……」
「我のいないところで随分仲良くなったみたいだな、貴様ら」
振り向かず、背を向けたままの状態で口を開くコウ。二人は一瞬、肩をビクつかせた。
「も、申し訳ございません。コウ様。無駄口が過ぎました」
セアラはその場で跪き、頭を下げた。コウは二人の方へ向き直ると、セアラの方へ視線を向けた。
「よい、我は気にしておらん。して、そやつの傷の具合はどうなっておる?」
「はっ!すでに完治しております」
「うむ、さすがはセアラだ。よくやってくれた」
「有り難きお言葉」
コウは次に凜太郎の方へ視線を向けた。凜太郎が落とした剣を投げ渡す。
「今の貴様の実力がいかほどか、だいたい把握した。これより本格的に剣術を教えてやる。それと、耐久力も鍛える必要がある。今の状態ではこれから出現するであろう巨人共の攻撃に耐えられんだろうからな」
「はい!!よ、よろしくお願いします!」
「返事だけは一人前だな。まぁいい、では早速始めるぞ」
「はい!!」
こうして、コウによる凜太郎の稽古は始まった。この日の稽古は5時間以上にも上った。



 朝日が昇り、明るくなった頃。この日の稽古がようやく終わろうとしていた。日本時間で23時半といったところだろうか。凜太郎の疲れもピークに達していた。
「今日のところはこれくらいでよかろう」
コウの口からその言葉を聞いた凜太郎は気が抜けてしまい、その場でへたり込んだ。
「つ、疲れた~!!」
「お疲れ様でした」
セアラは凜太郎に微笑みかけた。
「明日も同じ時間から始める。遅れるな、よいな?」
コウの無情ともいえる言葉に凜太郎は思わず自身の耳を疑った。
「あ、明日もするんですか!?」
「当たり前だ。1日そこら鍛えたくらいでいきなり強くなったりはせん。強さというものは日々の鍛練を欠かさず、継続して行い、その先でようやく手に入れるものだ。簡単に強くなれると思ったら大間違いだ。もっとも、貴様が強くなりたくないのであれば、我は止めはせんが」
己を奮い立たせ、凜太郎はその場で立ちあがった。
「そんなことありません!俺、もっと強くなりたいです!!」
「であるならば、すでに答えは決まっているはずだ。泣き言をほざく暇があるなら己がどうすれば今以上に強くなれるか考えよ。己を超え、限界を超えろ」
「はい!明日も、よろしくお願いします!!」
凜太郎はコウに深々と頭を下げた。
「相変わらず返事だけは一人前だな。明日は今日以上に厳しいものとなるだろう。覚悟しとけ」
「はい!!」
「剣を解除するのを忘れるなよ」
「あっ、そうだった。え~っと……ぷりけつソード、解除!」
凜太郎がそう言うと剣は光の粒となって消えた。
「では、帰るぞ。セアラ、研究所まで頼む」
「はっ!かしこまりました」
セアラは再び杖に力を込めると黒い渦を出現させ、三人はその中へと消え去っていった。