「ありがとう」と答えながら、昨日からずっと不思議に思っていたことを口にする。


「……でもどうして偽彼になんてなってくれたの?
明希ちゃんにとっていいことなんてないのに」


偽とはいえ、私と付き合ってるなんてうわさが流れていたら、明希ちゃんに好きな人がいたとしても付き合いづらくなってしまう。

それに、恋人のふりをしている時間は、きっと無駄な時間だろう。


偽彼になるという誓約は、明希ちゃんにとってはいくら考えてもデメリットばかりで、メリットが見当たらない。


すると明希ちゃんは椅子の背に肘をつき、「んー」と、考えがあるように視線を斜め下へ向ける。


「君があらぬ誤解を受けてなにかされる前に、そういう事実を作っちゃえっていうのもあったし。
それに、俺は俺なりに、自分でできることをやりたいと思ったから」


「え?」


「ただの、おにいさんのお節介」


ふっと、意味ありげに明希ちゃんが微笑んだ、その時。美術準備室を包む静かな空気に混じって、耳に届く音があった。