嗚咽をこらえていると、不意にドアの向こうから声が聞こえてきた。
「今日は本当にありがとう。
すごく楽しかった。
明希ちゃんがたくさんくれた分、お返しできるよう頑張らせて」
だけど俺は返事をすることができなくて。
ちょっと経って、ヒロが美術準備室の前を去っていく。
旧校舎に響き渡る遠ざかっていく足音を聞きながら、俺は目に腕を当て、宙を仰いだ。
ただ普通に君の隣にいたかった。
君と思い出を重ねたかった。
それなのに俺は、君との再会も、初めてのキスも知らない。
そして明日の俺は、今日の思い出も、今日見たヒロの笑顔も、全部忘れてしまう。
君を忘れたくない。
一瞬たりとも、見逃したくない。
記憶がまた消えてしまう前に今日の記録をつけなければと、震える手先で鞄の中からノートとペンを取り出し、床に座り込んだままペンを走らせる。