私は一度目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。
肺に澄んだ空気が入ってくる。
そして足を一歩、縁に向かって踏み出す。
ーー今、行くから。
その時。
──ヒロ。
私の名前を呼ぶあの声が頭の中にこだました。
意識して考えないようにしていた。それなのにどうして。
彼のことを考えてしまったら私は――。
「──ヒロ……っ!」
突然、ドアを蹴破る音と共に、頭の中にまだ余韻の残るその声が、今度は明確な輪郭を持って聞こえてきた。
これは、幻聴なんかではない。現実だ。
そう悟るのには時間はかからず、私は胸を震わせて振り返った。
……どうして来てしまったの。
「明希ちゃん……」