──でも、気づけば声すら思い出せなくなってしまった。
少し低くて鼻にかかるようなあの声が、私にあれだけ向けられていたあの声が、思い出せなくなった。
忘れたくない。
忘れなくないのに。
「最低なの、私。
大を忘れたくなくて、いないことを受け入れられなくて、なにも知らないあなたをたくさん傷つけてきたんだよ……っ?
だからお願い、もう私のことなんて忘れると言って」
これ以上大の記憶に縋りついていることはできないと、昨日思い知った。
優しいあなたを、もう縛りつけられない。
だからお願い、この手を離して──。
ぐっともう一度突き放すと腕が緩み、そっと体が離れたかと思うと、明希ちゃんが私の肩を掴んだ。
視線がかち合えば、強く見つめてくる汚れを知らない綺麗すぎる瞳に、はっと息をのむ。
「そんな簡単に傷つかないよ、俺は」
「っ……」
「それに君を忘れたくないし、絶対忘れない」
ひとときも目をそらすことなく静かに告げられた言葉が、私の胸を痛いほどにしめつける。
「明希、ちゃ、ん」
どうして、どうしてそんなにもまっすぐ向き合ってくれるの──?