スマホから視線をあげ中庭を見れば、明希ちゃんが端正な顔に綺麗な笑みを浮かべて、こちらにひらひらと手を振っていた。
そして、『ま・た・ね』と明希ちゃんの口が動く。
なんだか気恥ずかしくて、咄嗟にどんな顔をしたらいいかわからなくなる。
その結果曖昧な表情で、躊躇いがちに手を振りかえせば、明希ちゃんが嬉しそうに笑みを深めた。
と、その時。
「あ。あの人、高垣ちゃんの彼氏だよね?」
私の視線の先に気づいたのか、ふと背後から鞘橋さんに声をかけられ、私は慌てて振り返る。
「はい」
偽とは言えど、彼氏だということは肯定しなければと、そう答える。
「うわ、すっげぇイケメン」
「あの人モデル?」
軽音部がざわめき出した頃、事態を収拾するように、部長であるらしい鞘橋さんが声をあげた。
「よし、そろそろ行こうか」
それを合図に、まわりの部員たちが路上ライブの舞台である駅前に移動を始める。
ぞろぞろと歩きだす彼らの後ろにつきながら、ちらりと中庭に視線を向けると、明希ちゃんと虎太郎さんの姿はもうなかった。