「厨房内で働かれている方々に質問します」

 該当するのは長内さん、越野さん、伊地山さんの三人。

 警部補は床を指差し、

「ここで“転倒することはありますか”?」

 訊ねられて互いに顔を見合わせると、最初に口を開いたのは長内さん。

「“まずない”でしょうね」

「それはどうして?」

「……ランチタイムやディナータイムの際、厨房は戦場のような慌ただしさになります。

 なので場合によっては厨房内を各人走り回ることもありますから、もし床が水浸しになっていても“転倒しないように”床は“コルク張り”になっていますから……」

「の、ようですね」

 長内さんの解答に満足気に頷く警部補。

 けれどわたしとしてはそれだけでは不十分な気がしなくも……と、そこで越野さんが、

「でもあくまでもそれは“転倒しにくい”というだけのことでしょう? 確実ではないわ」

 その指摘はわたし自身も感じた疑問でした。

 けれどもさすが五十夜警部補。

 その点についても解答を用意されていました。

「確かに、ごもっともなご意見です。

 ですが実は片桐さんの“死亡状況”の時点ですでに否定されている可能性なんですよ」

「?」

「伊地山さん。ちょっとよろしいですか?」

「へ? 僕ですか?」

 手招きされて素直に従う伊地山さん。

「え~、走る格好をしてもらえますか?」

「は、はぁ……こうですか?」

 前傾姿勢になってポーズ。

 あぁ、なるほど。

 そういうことか。

「いいですか? 人は走ろうとするときこのように前屈みになります。

 仮にこのような滑りにくい床でも足を滑らせてしまうほどの力強さで走ろうとするならなおのこと。

 で、あれば。

 もし足を滑らせても“前のめり”に倒れるはずです。

 にもかかわらず……」

 片桐さんは“仰向け”で倒れた状況で発見されていました。

「加えて“厨房の入口に頭を向けて”倒れています。

 急いで外に向かったならそれは不自然ですし、室内の何が倒れたりボヤなどの“焦る状況”が起こった形跡も一切ありません」