準備というのはあらゆる不確定要素(イレギュラー)を想定してようやく万端の“しっぽ”をつかめる。

 未来を予測出来ない限り、この世に完璧な準備なんて存在しない。

 最悪の事態はいつだって予期せぬところからやってくる。

「はっ、はっ、はっ……」

 付着した途端に凝固を始めた血液のせいなのか、はたまた今まで感じたことのない緊張状態のせいなのか──

「っく!!」

 ソレを握りしめたまま固まって動かなくなった手。

 足元にはこれ以上ないほどに見開かれた瞳の男がひとり、床に無造作に転がっている。

 ひどく乾燥してくる唇。

 今すぐにでも何かで喉を潤したい衝動にかられるがそれよりも先に手を洗わなければならない。

「……」

 シンクに向かい蛇口に手を延ばそうとして一瞬、ためらう。

 指紋が残ってしまうかもしれない。

 だがしかしすぐにそれは気にとめる必要のないことに気付く。

 なんのことはない。

 それは“いつも使っている”のだ。

 今さらひとつふたつ自分の指紋が付いたところで関係などありはしない。

 それよりも気を回さなければならないのは“予定通り”これを“事故”と思わせられるかどうか、だ。

 手を洗いながら深呼吸を何度か繰り返す。

 問題は、ない。

 ひんやりとした水に触れているためか、徐々に思考回路も落ち着きを取り戻し始めた。

 犯す罪が、犯された罪によって相殺されるなどということは思っていない。

 それは“おそらく”当然のことだろう。

 しかし、罪を犯す“権利”を主張することは赦(ゆる)されてしかるべきだ。

 でなければ、どうして穢(けが)されるだけと知りながら生きていられようか。

 そう、これは──



 自分が生きていくために“必要”なことだったのだ。



 配膳場と厨房とを隔てるカウンターの上に据え付けられた時計を見る。

 午前2時15分。

 焦る必要はないがのんびりしているだけの時間は、ない。

 まずは証拠品の処分だ。