深く考える間もなく、日吉さんと呼ばれた男性が、真っ赤な顔をして目を据わらせて問いかける。

「明里ちゃんは直斗のどこが気に入ったのー?」

「え?えっと…」

「確かにあいつはいい奴だけど、面識がなかったのにいきなりプロポーズされてすぐOKしちゃうなんてさあ、どう考えても顔と金目当てでしょ」

ピリッと場の空気が変わった。

「おい、日吉。そんな言い方…」

「酔っ払いすぎだぞ日吉。ウーロン茶でも頼もうか」

隣の男の人たちが焦ってフォローしようとするけど、きっとそれがみんなの本音だ。

彼らだけじゃない。事情を知っている会社の人たちも、みんな日吉さんと同じことを思っているんだ。

違うんだよ。

たとえナオが偉い立場じゃなくても、私は…

だけど、そんなことを必死に訴えたってどうしようもない。

適当に笑ってスルーしてしまえばいいのだ。

そんなことわかっているのに…

「明里ちゃん?」

男の人のひとりが、俯く私をおずおずと覗きこむ。

「ごめんなさい。なんでもないです」

笑ってみたけど、もう私の目からあふれた涙は頬をつたってどんどん零れていた。

スルーなんてできない。私はそんなに器用な人間じゃない。

誰も空気を変える術はなく、ここだけ別世界のようにしんと静まり返った。

私はバッグを手にして立ち上がる。

「…ごめんなさい。帰りますね」

「明里ちゃん!」

引き戸を引くと、ちょうど入れ違いにナオが入ってくるところで、私にぶつかりそうになって驚きながら一歩後ろに下がった。

「ごめんなさい。先に帰ってるね」

「明里!?」

ナオの戸惑いの声を背に、私は走って雑踏に紛れた。