そして、再びインターホンが鳴り、零士さんが玄関へと向かった。

私は一緒に出て行く勇気がなくて、リビングのドアからこっそり覗いていた。

「良かった。零士いてくれて! いなかったらどうしようかと思って………て。あれ? 誰か来てるの?」

どうやら私の靴が麻里奈さんの目に入ったようだ。

「ああ……鈴乃が来てるんだよ」

「え、鈴乃さんが? ちょっと、それはマズいんじゃないの? いくら個人指導でも会員さんを家に連れ込んだりしたら」

「いや、俺たち付き合ってるから。もうすぐ結婚もするし」

「は?何それ! そんなこと私、聞いてませんけど」

「別にプライベートまで、おまえにイチイチ報告する必要なんてないだろ?」

「ないけど……隠すこともないでしょ! この前嘘ついたのね!」

麻里奈さんが怒りだした。
何だか余計に出て行き辛くなってしまった。

「いや、おまえは今、俺のことより自分のことだろ? 何か俺に相談があって来たんじゃないのかよ」

「そう……だった。そうなのよ、零士」

麻里奈さんが深くため息をつく。

「あ~あ。なんか思い出したらまた怖くなってきたなあ」

「とりあえず上がれば?」

「そうね、お邪魔します」

麻里奈さんは靴を脱ぎ、スリッパに履き替えた。
私は二人の足音を聞きながら、大きく深呼吸した。


…………


「じゃあ、適当にすわってて。コーヒー入れてくるから」

零士さんは麻里奈さんにそう告げると、そのままキッチンへと入っていった。

「ど、どうも……こんばんは」

私はソファーにすわったまま頭を下げた。
どうしよう。
何だかとても気まずい。

「ねえ、鈴乃さん……ホントに良いの?」

麻里奈さんが私の隣に腰掛けた。

「えっと……何がですか?」

「零士との結婚よ。あの人ね、コーヒーくらいしか入れられないよ。家事なんて全然できないし、結構だらしないの。すっごく不潔だし、足臭いし、やめるなら今よ」

「おい、聞こえてるぞ? 麻里奈。おまえのコーヒー塩入れてやろうか?」

キッチンから零士さんが睨んでいた。

「すいませんでした、冗談です。だって、こうでもしてないと落ちつかないんだもの」

そう言って、ため息をついた麻里奈さんの手は微かに震えていた。