──「美紅、酌はしなくていいぞ」
宴会が始まって、初めて秋庭家に来た時と同じ言葉に弘翔にかけられる。
会合の場での出来事が嘘のようにみんな普通だ。椿さんが言ってたようにケロッとしている。
弘翔もいつのも温厚で優しい彼氏の顔に戻ってるし…。
他の組の女性陣は甲斐甲斐しくお酌して立ちまわっているので私も…と思ったんだけど、しなくていいらしい。
「いいの?」
「今日はされる側だからな」
苦笑いで肩を竦める弘翔。
まぁ確かに今日の宴会はいつもの秋庭の騒がしい感じとは全く違う。
殺伐としているわけでも厳かな雰囲気でもないけれど、飲んで盛大に騒ぐといった感じでもない。穏やかに談笑するような空気だ。
席も秋庭の宴会では昌さん以外は好きなところに座って入り乱れているけど、今日は肩書きと役職で席順が決まっている。
弘翔の横で上座に近い位置にいる私はなんとなく居心地が悪い…。
「秋庭の若、一献どうぞ」
「若、自分の酒も一杯」
「若姐さんも一杯いかがですかい?」
「秋庭の若様…今後とも我が組をどうかご贔屓に…」
「若、一杯どうぞ。
館山の席はぜひうちに…」
弘翔が杯を空ける度に入れ代わり立ち代わり傘下や同盟の組長たちがお酌をしにやってくる。
聞いてはいけないような話もちらほら…。
全て一息で飲み干して私の分まで飲んでくれる弘翔は、やって来た組長と談笑したり、私を紹介してくれたり。
少し緊張するけれど、弘翔が私も上手く話しに乗せてくれるし、陽気な人が多くてそれなりに楽しい。
ふと辺りを見渡せば、蓮さんにお酌をするために長蛇の列ができている…。
なぜか見てはいけないものを見てしまった気持ちになる。
──「どうや弘、飲んどるか!?」
宴会もそれなりに時間が過ぎ、お開きになるかというところで、今までは上座で昌さん夫婦と聖弥さん夫婦と飲んでいた柊さんがやって来た。
その手には日本酒の一升瓶を抱えて…。
「稜真さん。改めて、ご無沙汰してます」
頭を下げようとした弘翔を手で制した。
「僕がそういう堅苦しいの嫌いなん知っとるやろ」
にやりと笑ってから、空いている弘翔の杯に日本酒を注ぐ。
これまでにかなりの量のお酒を飲んでいて、後半は度数の強くないお酒に切り替えていた弘翔だけど…杯いっぱいに注がれた日本酒を一気に飲み干した。
「なんや、強くなったな!」
「あなたに鍛えられましたから。それに…十四代の七垂なんて目の前で掲げられたら飲まないわけにはいかないでしょう」
「そりゃそうか!!」
柊さんの盛大な笑い声が大広間中に響く。