どういう文脈からその言葉がきたんだ…助けてください椿さん!と思って椿さんに視線を投げれば、楓さんと一緒になって頷いている。
「変な意味じゃないよ」
「弘翔よ弘翔。自分の子をこんな言い方するのもアレだけど、あの子は本当に極道かって疑いたくなるくらい温厚でお人好しなのよ。滅多に怒らないし」
うん…確かに…。
思い当たることがたくさんある。
「もともとそういう性格の子だからね。若頭でいるために仕方なく振舞ってる部分も多いのよ。蓮さんの為にもね」
穏やかに話す椿さんの顔は母親のそれで。
その若すぎる美貌と明るいノリのせいで普段はあえて気にしたりしないけど…この人は彼氏のお母さんなんだ。
あれ…、蓮さんの為って?
「聞いてない?もともと若頭の地位にいたのも、組を継ぐ予定だったのも蓮さんなのよ。若頭になったら組を継ぐのが慣習だしね」
私の疑問に答えてくれたのは楓さん。
蓮さんが継ぐはずだったならなんで…?
その疑問には二人とも首を振った。
「誰も知らないのよ。昌之と蓮さんと弘翔しかその経緯は知らないの」
「そうなんですか…」
そっか。
この二人も知らない事なのか。
土方さんや純さんも知らない組の事を弘翔が私に教えてくれるわけがない。
それは別に気にすることでもないし、いくら付き合っていても仕事の全てを話すなんてことないっていうのも分かっている。
それはそうと…と、椿さんが話を戻した。
「弘翔が本気で怒った姿なんて、蓮さんに何かあった時くらいしか見たことないわ」
「…………。」
「あの子は家族をとても大切にする子だけど、私や楓や桜、葵に何かあっても本気でキレたりしないのよ」
グッと喉の奥が熱くなった。
「やっぱり美紅ちゃんは弘翔にとって特別な子なのね」
涙が溢れてしまわないように、必死で瞬きを堪える。
耐えたはずなのに、優しい手つきで頭を撫でられて、一筋だけ涙が頬を伝ってしまった。
見ないふりをしてくれた二人の優しさに感謝しかない。
──「失礼します。奥様方、食事の準備が整いましたので大広間へ」
あれから1時間半後、椿さんたちと他愛もない話をしていたら、インテリイケオジこと土方さんが呼びに来てくれた。
「お腹すいた!」と部屋を出た楓さんの後を追う形で私も立ち上がる。
「大丈夫だったかい?」
「はい、もう大丈夫です!」
「そうか、よかったよ」
秋庭の人たちはやっぱりみんな温かい。
こんな人たちに囲まれて育った弘翔が温かい人なのは納得だ。
椿さんに簡単に着物の帯を直してもらってから私も広間へと向かった。