「美紅、稜真さんと何かあったのか?」




柊さんの言葉で弘翔の空気が少しだけ変わった。




少し怒っているような…警戒しているような…



小さく耳打ちされた言葉には首を横に振った。





正確には何かあったというべきなんだろうけど、弘翔が心配しているように柊さんに何かされたわけじゃない。むしろ助けてもらった側だ。






「遅刻に関しては謝罪したっても構わへんが…。
春名君、傘下の組も碌に管理できないアホが偉そうに説教垂れんなや」





「「「「「あぁ!?」」」」」






柊さんの遠慮が全くない言葉に、この場にいる三分の一の人が怒声を上げる。春名の傘下や同盟の組の人たちだろう。




立ち上がって柊さんを睨み上げている人もいる。




柊さんを守るように柊さん側の組員さんも何人か立ち上がる。




護衛であろう人をよく見れば…懐から黒いものを取り出して柊さんの横に控えた。




あの黒いものが何かは想像しないでおこう。普通に生きていれば絶対に目にすることがないものであるのは間違いない。




殺し合いが始まってもおかしくない。







「あぁ、秋庭のおっさんも同じようなもんやで」





この空気の中でサラリと落とされた言葉に、秋庭の同盟や傘下の組の人たちも怒声と共に立ち上がった。




ただ…秋庭も柊も春名も、幹部の人たちは全員座ったままで『またか…』みたいな表情を浮かべている。




柊さんに関してはちょっと楽しそうに笑ってるような…。





「いいから黙っておけ」




収拾がつかなくなりそうになり、やっと昌さんが言葉を落とした。





今度は不承不承といった感じで全員が落ち着いた。次に何か変なことを言ったら相手の頭を殺さんばかりの雰囲気だけど…。




続きを話せ、というように聖弥さんが柊さんに視線を投げる。





「んで、君。さっきあの女共に何されとったん?」





100人弱の視線が一斉に…私に向いた。





その威圧感に声を上げそうになったけど、なんとか耐えた。




他の誰でもなく弘翔の瞳が『何があった』と語っている。




だけど…柊さんのおかげで殴られずに済んだし…。それに今ここで私が変なこと言ったらまた皆さんの雰囲気が悪くなってしまうかもしれない。






「聞き方を変えよか。僕が通りかからなかったら、君あのまま何されてたと思うん?」





「…………。」





「…………。」





「…叩かれた、というか…殴られたと…思います」




柊さんの鋭い視線が無言を許してくれなかった。



蚊の鳴くような声で言った瞬間、昌さんの顔色が変わったのが、聖弥さんの眉間に皺が寄ったのが見えた。




そして…私の隣に立つ弘翔の空気が、本気で怒っている時の空気になった。








「犯されそうになってたんは自覚なしか?それとも…なんや君、もしかして風呂ってそのままの意味で受け取ったんか?」