私を含めた全員の視線が一斉に声の主へと向く。
どうやら殴られずに済んだらしい。
視線の先にいたのは…
上等な着物を着崩して、パタパタと扇子を煽ぎながら豪快に笑っている男性。
胸元が大きく開いている着物の着方からか、それとも着崩された着物の隙間から見えてしまう刃物傷のせいか、何も知らない私でもこの人が只者ではないとわかる。
この人の登場で辺りの空気が変わった。
身長は弘翔より少し大きいくらいで、歳はどれくらいだろう…聖弥さんより少し上くらいかな。
黒髪短髪、切れ長だけど優しい目元、ピシリと整えられた濃いめの眉。
少し色黒で、開いた着物の隙間からは刃物傷と共に綺麗に割れた腹筋が見える。筋肉質でガタイがいい...。
無精髭と言えなくもない顎髭がこの人の雄らしさ、色気を引き出している…。
The極道って感じのオールバックが似合う聖弥さんとも、中性的で眉目秀麗な蓮さんとも違うタイプ。
男前って言葉が似合う弘翔よりももっと雄感が強くて…色気がある。
ガテン系、超ワイルド系のイケメン。
やっぱり極道ってイケメンじゃないとなれないっていう決まりがあるんだ。絶対そうだ。
「なっ、なんで…貴方様が…こんなッ、ところに…」
思わぬ人の登場に館山さんの声が裏返る。
四人とも顔面蒼白を通り越して、もう可哀想なくらい顔色が悪い。
にしても…この人、誰?
「長旅やったから、面倒な話し合いの前に便所ってな」
かなり大きな声で言って、扇子で煽ぎながら一人で笑っている。
低めのハスキーボイスがそのサッパリとした雰囲気に合っている。お兄ちゃんみたいというか兄貴肌というか、誰にでも好かれそうな雰囲気。
少し怖い見た目の人だけど悪い人ではなさそう。なんか笑ってるし…
「そこの別嬪さん、見いひん顔やな。誰かの連れか?」
「こっ、この子は…」
「君には聞いてへんよ」
館山さんの慌てた声を冷たい視線で制した。
この圧倒的な雰囲気は…昌さんや聖弥さんのそれと同じだ。
館山さんを見る男の人の目の奥が笑っていない。
それに気づいた館山さんの顔色がますます悪くなる。このまま倒れてしまうんじゃないだろうか。
この人は一体…
それに、この人の問いになんて答えたらいいんだろうか。
逃走しようかとも思ったけど、この人の瞳がそれを許してくれそうにない。
「…私は、秋庭弘翔の…」
小さい声で言えば、男性は驚いた顔をして、勢いよく扇子を閉じた。