──楓さんと共にキャベツを千切りにしていると背中にビシビシと刺さる視線。
これもう視線というか、殺気と言っても差し支えないような気がする。
「あのー楓さん…」
「なーに美紅ちゃん」
「私、刺されたり毒盛られたりしませんよね…?」
ポツリと呟けば、楓さんのはじけた爆笑が広がる。
『誰から聞いたのー?』と言いながら咽るほど笑っている。
「大丈夫よ大丈夫。私もこの通り生きてるし、お母さんも生きてるから!宴会中は弘から離れないようにしとけば問題ないわよ」
あっけらかんと笑いながら言ってるけど、絶対、笑い事じゃない!
こっちは切実に悩んでいるんだ。
だって視線が怖いもん!
弘翔がモテるのは分かってたけど、まさかここまでとは…。
楓さん曰く、春名、柊、秋庭の組長は勿論、春名と柊は若頭も既婚者らしく、秋庭の若頭の女という肩書きは一番狙われているポジションらしい。
「総力を挙げて弘のこと落とそうと策略しているような組ばっかりよ…」
呆れたような声で言う楓さん。
『なまじ容姿に自信のある子たちが多いから面倒なのよね。無駄にプライドだけ高くて』
私に言う愚痴に見せかけて、周りにいる人たちに聞こえる声量。
色恋沙汰の絡んだ女性は怖いっていうけど、極道の思惑も混ざった色恋沙汰なんて勘弁願いたい。こっちはしがない一般人だ。
「心配しなくても大丈夫よ。美紅ちゃんが一番可愛いから!」
「ちょっと!楓さん!」
「なんたってあの弘が溺愛してる子だからね~」
多分、いや、絶対、周りで殺気を放出している人たちに聞こえるように言っている。絶対逆効果…!
牽制というより、喧嘩売ったみたいになってる…。
『夫がモテて困ってます』
大好きな小説の冒頭が頭に浮かぶ。
こんなモテるイケメンと付き合いたいわー…なんて思いながら甘ったるい小説を楽しく読んだ記憶が蘇る。
今の私は
『彼氏がモテて困ってます』状態だ。
あれは小説の中だったから羨ましく思ったんだ…。本気でモテる彼氏を持つと、命の危機に陥るらしい。
あの小説はハッピーエンドで終わっているが、私は殺されたりしないよね…?
あながち冗談と一蹴できない状況に内心ビビりまくり。
楓さんに喧嘩売った人もそうだけど、極道の人間は気が強い人が多いらしい。
今だってわざと私に聞こえるように飛び交う悪口。初対面の相手に罵詈雑言を浴びせられるってある意味すごい気がする。
弘翔のことも、まして私のことなんて何も知らないくせに。
大学とか街中でも色々言われることがあるので、悪口くらいはもう気にならないけど…直接的な暴力とかは御免被る。毒盛られるとか論外だ。冷静に考えて、なんだそのビックリ体験は。
「ちょっとお手洗い行ってきますね」
準備を手伝わないといけないのは分かってるけど、あまりにも空気が悪いので一旦抜け出す。
楓さんは全く気にしてないみたいだけど、そこまで肝は据わってない。
こんなことになるなら最初から楓さんの言葉に甘えて別室で大人しくしておけばよかったかな。
「ついて行こうか?」
「いえ、すぐそこですし大丈夫ですよ」