「なんでさっきは『聖弥さん』だったんですか?」



楓さんに連れられ広い屋敷を移動中、ふと思ったことを聞いてみた。




「さすがに今日みたいな日に『聖ちゃん』なんて呼んだら聖弥さんの顔が立たないからね。誰がどこで聞いてるかわからないし」




「なるほど…」




「一応、聖弥さんは私より2つ年上だしね」




そっか普段の二人の関係からは楓さんが年上のような感じもするけど、聖弥さんの方が上なんだ。



たしかに…あれだけ恐ろしい雰囲気を醸し出していて奥さんに『聖ちゃん』と呼ばれていては顔が立たないのかもしれない。



先ほどの立ち居振る舞いといい、やっぱり楓さんも極道の妻なんだ。




「さて、どうしようか私たち」




「いつもはどうしてるんですか?」




「んー…てきとう…」



てきとう!?適当…?



あまりにも真面目な顔して言うから納得しかけてしまった。



「女勢はお茶出しとか宴会の準備とかなんだけど、私は手伝ったり手伝わなかったりなのよ。こんなでも春名の姐だから立場上、下働きも難しくてね」



なるほど…。


だからさっきから若くて綺麗な女の人たちが廊下を慌ただしく行き来しているのか。


楓さんと一緒に居るからか、物凄い視線を感じるけど…それは流そう。




「美紅ちゃんも弘の彼女なんだから何もしなくて大丈夫よ。別室でお茶菓子でも食べて時間潰す?」




「いや…私も宴会の準備お手伝いします!弘翔は偉い立場の人かもですけど、私は新参者ですから!」




「あーやっぱ可愛い美紅ちゃん!いい子過ぎて眩しい!」



凄い勢いで手を握られる。


極妻スゴイー…とか思ってたけど、楓さんはやっぱり楓さんだ。



楓さんは『偉そうに座っててもいいのよ?』と冗談交じりに笑いながら言ってくれてるけど、すれ違う女性たちの視線が痛いので私も働かなければ…。







──調理場に楓さんと足を踏み入れれば、一斉に好奇の視線を向けられる。


うわ…怖い…



皆さん、楓さんには恭しく頭を下げているけど、私に対しては『誰だコイツ』といった態度が隠せていない。


私…刺されたり毒盛られたりしないよね…?


道中、高巳に教えてもらったことが脳裏を掠めて鳥肌が立つ。



そんな私の心配をよそに『私たちも料理の手伝いするわー』と楽しそうに乱入していく楓さん。



あの…楓さん!?
私のこと紹介とかしてくれないんですか…!?