ひたすら泣いた。
こんな日が来るとは思っていなかった。
悲しい。恨めしい。どうして。会いたい。いろんな感情が心の中を埋め尽くす。
1人は耐えきれなくて、友達と1時間ぐらい電話した。彼女は私のために泣いてくれた。一緒に号泣して、笑った。
1年半。私はこんな長い間付き合っていた大好きな人に振られました。
確かに、前兆はあったんだよね。最近あまり連絡も取れていなかったし。貴重な一緒にいられる時間である部活帰りも、友達と帰るとかなんとかで私からの誘いを断られた。
なんで気づかなかったんだろう。私って本当に馬鹿。
でも、直接言葉で言われても、私は何も言えなかった。別れたくないとも。私は本当に好きだったとも。
そうだ。写真消さないと。
私はスマホの画像一覧を開ける。
夏に君と見た花火。修学旅行で一緒に散策もした。体育祭はどっちも出る種目被ってたよね。全部全部全部。消さないと、いけないのに・・・
気がつくとまた涙が出ていた。
これって現実なんだよね。
写真を消すのはまた今度にしよう。
そう思ってすぐ、私は眠ってしまった。
ありえない。
ありえないありえないありえない。
なんで私はいっつも大事な日に寝坊するの!?!?
今日は彼氏の歩と水族館デートの日なのに!
駅前に9時集合なんだけど、家から駅まで15分かかる上に今8時半という絶対絶命の状況・・・
しょうがない。朝ごはんは諦めてどこかのコンビニで買おう。
急いで身支度して玄関で靴を履いていると、ポストに郵便物が入っているのを見つけた。
「あれ?いつも入ってないのになぁ・・・」
今すぐにでも出なきゃいけないけど好奇心に負けて郵便物を見ることにした。
『木下遥様
◯◯県◯◯市◯◯町 水嶋由紀』
ぞっとした。宛名は嫌ほど聞いた苗字。急いで裏面を見る。
つらつらと前置きの文章が述べられたあと、本題が出てきた。
『来月14日で息子の和樹が息を引き取ってから2年経ちます・・・』
法事の日にちと共にそう書いてあった。
「2年・・・」
彼のお葬式にも、去年の法事も行ってない。今年も行かないでおこうかな。
でも、今年は行かなきゃいけない気がする。どうしてだろう。今まで即決で行かないって決めてたのに。
もう、彼のことは忘れないといけないのに
約束の時間にはギリギリ間に合った。多分今までで1番自転車をがんばって漕いだと思う。
「ギリギリセーフだな(笑)」
「ごめん寝坊しちゃって・・・」
「朝ごはん食べてないなら買ってから行こうか」
「・・・うん!ありがとう!」
なに?歩は超能力者なの?紳士すぎて泣ける・・・
歩とは、高校卒業を機に付き合い始めた。今、私たちは大学2年生。だから、1年ちょっと付き合ってる。
ゴールデンウィークは2人とも暇だったから、水族館行こう!ってなって、今に至る訳ですが・・・
「めちゃくちゃ並んでる・・・」
そう。大型連休って家族連れ多いよね。ちびっこがきゃっきゃきゃっきゃはしゃいでいる。
それにしても人多すぎでしょ・・・
「おーい、遥ー??」
「え?あ、ごめん!聞いてなかった!」
「も〜、人が多すぎるからってへこむなって〜」
「いや、へこんでないからね!?」
確かに人混みは少し苦手だけど、みんな休みだからしょうがないし。
「まぁ、元気だせって!」
「うん・・・」
あのハガキのことで悩んでるなんて言えない!!
こうして悶々と悩んでると、歩から爆弾を投下された。
「なぁ、和樹の家から法事のハガキ届いた?」
「えっ・・・」
何気ない会話のつもりだったのだろう。だからこれがもっと私の心を締めつけるなんて歩は思ってもいない。
「届いたけどどうかした?」
動揺を悟られないようにできるだけ冷静に返す。
「いや、別に・・・」
「わー!あいたよー!!」
急に子供たちの声が大きくなった。これはチャンス。
「あ、開いたみたい!行こう!!」
「そうだな」
よし。話を終わらせよう作戦成功!今日はハガキなんて忘れてめちゃくちゃ楽しむぞ〜!
今日は彼との1年記念日。彼は忘れっぽいから、多分覚えてないだろうなーと思ってたらなめてた(笑)
帰り道に彼になんとなく話を切り出してみたら彼はちゃんと覚えてたらしい。
「もー覚えてるに決まってるじゃん!」
「ごめんごめん××のことだからつい」
「こんな大事な日を忘れたらもう論外だよ」
論外か・・・ふふ。今日の彼はなんかかわいい。
今日は特別な日なので、実は私サプライズを用意してるんだよね〜どんな反応するんだろう。
「ねぇ、××」
「どした〜?」
「私ね、手紙書いてきたの」
「え・・・??」
彼はとても驚いた顔をしていた。しばらく目を丸くしたあと、優しい笑顔を向けて、
「ありがとう」
と照れくさそうに言った。
「家に帰ってから見てよね」
「わかったって〜」
なんかすごくニヤニヤしてるから気持ち悪い(笑)
とか言いつつ私もニヤニヤした顔してるんだろうな〜
「遥」
「なに〜?・・・うわっ」
突然彼にぎゅっと抱きしめられた。
実は1年も付き合ってるけどこんなこと初めてだったんだ。
「遥、大好き」
「私も」
そう言って私も彼のことを抱きしめた。
今の私、世界中の誰よりも幸せかもしれない・・・って私ほんとに馬鹿だな。
まぁいいや、今日ぐらい。
結局私たちはちびっこに笑われるまで抱きしめあっていた。
「うわーペンギン!!かわい〜!!」
館内を歩いていると偶然、ペンギンがよちよち歩くショーに遭遇した。
私はペンギン大好きだから、テンション上がりまくり!
夢中で写真を撮りまくっていると隣で歩が苦笑していた。
「いやいやいや撮りすぎだろ・・・」
「え、そう?歩も写真撮りなよもったいない〜」
「俺は遠慮しとくわ」
嘘・・・こんなにかわいいのに写真撮らないなんてありえない!
すると、隣からシャッター音が聞こえた。
「あ、やっぱり撮ってるじゃん!」
「ペンギンを撮る遥を撮っておいた」
「いやいや需要ないでしょそれ」
「お前がかわいかったから撮ってしまった」
歩がそっぽ向きながらそう言ったものだから、なんだか私も照れてしまった。
てか、平気でそんなこと言えるのがすごいわ!!
なんて返せばいいか分からなかったから、
「馬鹿」
ととりあえず返しておいた。
ペンギンショーのあと、ちょうどお昼時だったので昼食をとることにした。
場所は大水槽が見えるカフェテリア。私はオムライスを頼んで、歩はハンバーグランチを頼んだ。
「あれってジンベエザメ?」
「かもね」
料理を待っている間そんなくだらない話をしていると、いつの間にか歩が真面目な顔をしてこちらを見ていた。
「あのさ・・・」
「どうしたの?」
「6月14日空いてる?」
「そんな先の予定なんて分かんないよ〜」
1ヶ月以上もあとのことなんてまだ何も決めてない。
どうしてそんな何でもない日をわざわざ選んだのだろう。
「そっか〜そうだよな〜」
「何かあったの?」
「いや、遊園地行けないかな〜と思って」
「えっ!行きたい!」
私遊園地が大好きなんだよね〜!
「まじで!?まぁ、予定空いてるかどうかまた確認しておいて」
「うん!」
6月14日。覚えておこう。・・・ん?6月14日・・・?
『来月14日で息子の和樹が息を引き取ってから2年ーー』
まさか。
私を法事に行かせたくなくてそんな予定を入れたの??
私は歩の顔をじっと見つめる。
「ん?どしたー?」
歩は笑った。
ーーどうしてその日なの?
聞きたいけど、聞けない。頭では文が組み立てられてるのに、口から言葉が出てこない。
「ううん、なんでもない」
慌てて笑顔を貼り付ける。
どうしよう。どちらへ行こう。
私は料理が届いてもあまり明るい気分にはなれなかった。
帰り道。
駅まででいいって言ったんだけど、結局家まで送ってもらった。
「今日はありがとうね」
「こちらこそありがとう。楽しかった」
もうちょっと一緒にいたかったけど、もう暗いしお別れかな。
あと、法事の件もあるし・・・
「じゃあ、また今度予定合わせよっか」
「そうだな。また連絡してくれ」
「うん、それじゃあね」
「おう」
私は部屋に入ろうとする。すると、
「遥!」
思わず振り返ると、歩がすぐ近くで立っていた。
「なに・・・んっ!」
不意にキスをされる。・・・えっ?まじで?
唇を解放されると、歩は照れくさそうにしていた。
「なんか、したくなった」
私も顔が真っ赤になって、歩の顔をまともに見れない。
「もう帰るよ!」
早くこの場から逃げ出したくて、さっさと帰してしまった。
部屋に入ると、歩の言葉が頭の中でこだまする。
『遥!』
『なんか、したくなった』
昔、聞いたことのある言葉。ずっと忘れていた言葉。
嘘。忘れようと頑張っていた言葉。
「なんで重なるの・・・」
この日は涙を流しながら寝た、気がする。