近藤局長や土方や総司とは、

彼らが多摩から京に来て以来の長い付き合いだった。


見廻組が結成される前も、俺は幕臣の立場からよく彼らの屯所に出入りしていた。


名目は壬生浪士組時代の局長、
暴君 “芹沢 鴨”の見張りだったが、

近藤局長の流派、“天然理心流”を扱う総司達とはよく腕を競い合った。






「結局、一徹さんには一度も勝てなかったなぁ・・。」


総司が心残りのような言葉を口にした。

・・・・・やはり自分でも自分の体のことがよく分かっているようだ。