「こんにちは」だろうか。「何をしてるの」だろうか。

それとも黙って見ていたことを謝るべきだろうか。

「外は暑いですか?」

彼女が発した。音を発した。

「こんにちは」でもなく、「何をしてるの」でもなく、「外は暑いですか」と聞いてきた。

「いや…あんまり暑くないみたい。」

私は緊張の余り声を少し上ずらせた。

何にそんなに動揺しているのか自分でもわらかなかった。

ドキドキしていた。

「そうですか。よかった。」

彼女は再びキャンパスに向かった。

私を咎めるでもなく、追い出すでもなく、彼女は背中で、私にここにいてもいいと言っていた。

彼女の発した音は、すべて私の耳に染み入った。

いや、体全体に染み入った。

私はドキドキする胸を押さえて、短い呼吸を無理矢理に深呼吸にかえた。

(無音だった。)

そう思った。

彼女の声は無音だ。

私の中の無音の音だ。

私が愛してやまない無音の中に響く音だった。