ねぇ、翼くん。
もし、きみに出会っていなければ
こんなにも悲しくて、切なくて、苦しくて……
涙が溢れる想いはしなかった。
だけどね、
きみに出会っていなければ
こんなにも嬉しくて、優しくて、温かくて、愛しくて……
すごく幸せな気持ちを知ることも
出来なかったと思うんだ。
誰よりもサッカーが大好きで
太陽のように笑うきみに
初めての恋をして
きみの隣にいた2年間は、
あたしにとって
かけがえのない、
とても幸せな時間でした─────
なぁ、つばさ。
俺と出会ってくれて
俺を好きになってくれて
俺を愛してくれて
俺の隣にいてくれて
本当にありがとう。
耳を塞ぎたくなるような現実を
突然突きつけられても
弱さを見せられずにいた俺を
きみだけが気付き、
そっと隣に寄り添ってくれた。
きみと出会えたことだけで
俺の人生、
無駄じゃなかった。
きみと出会うために、
俺はこの世に生まれてきたんだって
心からそう思えたよ。
つばさ、ありがとう。
好きだよ。
今でもずっと、愛してる。
きみが隣にいてくれた2年間
きみとの恋は、
俺が精一杯生きた証でした────
そばにいるよ、ずっと。
〜I'll be near you, forever.〜
「はぁー、今日も暑いなぁ」
木々たちが碧く茂り、季節は夏を迎えようとしていた。
放課後になって部活の時間、あたしは紺色のジャージに着替えて、背中の半分まで伸ばした髪をひとつに結んだ。
夏が近付く日差しを浴びながら、私はサッカー部が練習するグラウンドへ歩いた。
私の名前は、紺野つばさ。
高校2年生。
サッカー部のマネージャーをしています。
私が所属する県立青葉中央高校サッカー部は毎年県大会出場常連校。
部員は大体30人弱いるかな。
他の強豪校に比べると、部員数は少ない方。
それでもレギュラーに入れるのは本当に大変で、無念にも試合に出れずに引退していく先輩たちを見てきた。
練習もほぼ毎日あって、休みなんてほとんど無いようなもの。
でもみんな、一生懸命頑張っている。
なぜサッカー部のマネージャーになったのかというと、話せばいろいろあって長くなる。
まずは、私の名前。
『つばさ』という名前は、サッカー好きのお父さんによって名付けられた。
例の、あのマンガね。
女の子なのに『つばさ』って、昔から好きじゃなかったけど。
サッカー大好きなお父さんのおかげ?で、生まれた時から身近にあったから、物心がついた頃にはサッカー好きになっていた。
そして、そんな名前をしているから、まぁ学校(主にサッカー部)では興味を持たれて。
気付けば、去年引退した先輩たちに言いくるめられて、マネージャーをやることになった。
そんな理由があって、今現在マネージャーをしているのだけれども。
実は最近、もうひとつ理由を見つけてしまった。
それは……。
「なぁ翼、お前スパルタすぎ…少し休憩を」
「なに甘えてんだよ、ほら行くぞ」
「しょーがねぇか、翼には逆らえねぇし」と言う仲間を引っ張っていく、彼。
「明日は休みなんだし、今日はがんばろうぜ!」
明るくて、いつもみんなの中心にいて
太陽のように笑うムードメーカー。
佐々木翼くん。
私と同じクラスで、我がサッカー部の副キャプテン。
「つばさっ、タイム測って」
「あっ…うんっ」
翼くんからホイッスルとストップウォッチを受け取った私は、仲間の元へと走って行く彼の背中を見つめた。
背が高くて、背中は大きくて広くて。
栗色をした髪、二重でとても澄んだ綺麗な瞳、整った鼻筋に薄い唇……。
同じ名前なのにキラキラと輝いていて全く私とは正反対の彼に、ひそかに初めての恋をしている。
サッカーボールを操る彼の姿ばかりを目で追って、もうすぐ1年。
翼くんとは、去年同じクラスになって席が前後だったことから知り合った。
紺野つばさ
佐々木翼
私の学籍番号の次が、翼くんだった。
緊張しながら入学式でクラス表を見た時に名前を知って、凄い偶然だなって思った。
教室に向かうと、私の席の後ろには翼くんが椅子に座って、隣の席の男子と楽しそうに話していて。
座ろうとした時に彼と目が合って、バチッとなんだか体に電気が走ったような感覚を持った。
「もしかして……紺野…つばささん?」
「あっ…はい……」
恐る恐る返事をすると、翼くんはぱあっと明るい笑顔を向けた。
「同じ名前なんて、すげー偶然!なんか嬉しいっ、これからよろしくな!」
そう言ってニカッと笑う翼くんは、スッと右手を差し出した。
こんな素敵な男の子と同じ名前だなんて、凄く申し訳ない気分になったけど。
それと同じくらい、なんだか嬉しいなと思っていた自分がいた。
「…うんっ、よろしく!」
それから翼くんと仲良くなるのに、そんなに時間はかからなかった。
翼くんは、クラスの中心にいて人気者。
毎日彼はいつもニコニコ笑っている。
同じクラスやサッカー部の男子たちが悪ふざけするのを見て、「バカだなー」と笑う。
だけど、そんな彼がふと寂しそうな顔をする時がある。
去年の秋ごろ、その日は部活休みで練習が無くて、教室に誰もいない放課後。
忘れ物をした私は走って教室に戻ると、ベランダに1人でグラウンドを見つめている翼くんがいた。
その背中がとても寂しそうで、切なそうで……。
思わずベランダへ出て、彼の背中に触れてしまった。
「翼くん…?」
「…あ、つばさ」
私に気付いた翼くんは、ニコッと笑った。
いつもと変わらない笑顔に見えたけど、その笑顔の裏にはきっと何か抱えているんじゃないかなって、あの時思った。
彼がみんなの前で笑顔でいる理由───
その理由やたまに寂しそうな顔をする理由も、1年経った今でも分からない。
だけど、いつか翼くんの力になれたらいいな、なんて無力ながらに思ってしまうんだ。
同級生からももちろん、サッカー部の先輩や後輩にも慕われている翼くんは、私にとって憧れの人。
だから私が想う翼くんへの気持ちは、きっと憧れから来てるものなんだと思ってた。
だけど、それが『恋』なんだと気付いたのは最近のこと。
2年生になったばかりの春。
クラスの女子からの推薦で断ることができなかった私は、学級委員になってしまった。
今学期の目標を考えて模造紙に書いていると、同じクラスの中島さんに声をかけられた。
「紺野さぁーん、あのね、先生に廊下の掃除頼まれたんだけど…私、もうすぐ塾の時間なんだよね」
その文脈で気付いた。
“ あ、これはサボりたいんだな ”って。
「紺野さん、お願いっ!代わってくれない?」
両手を顔の前で付けて頼んでくる中島さんに、そのお願いが嘘だとわかっていながらも断ることが出来なくて……。
これも学級委員の仕事か…と自分に言い聞かせて承諾しようとした時。
「あのさ、中島。お前嘘つくならもっと小さい声で話せよ。塾じゃなくて、カラオケだろ?」
隣には中島さんを冷たい顔で睨む翼くんがいた。
「掃除ぐらい、やって行けよ」
「うっ……佐々木…分かった…わよ」
中島さんは唇を噛んで教室を出て行った。