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お腹一杯食べて、お店を出たとき、仁が言った。
「ちょっと行きたいとこあるんだけど」
「いいよ、行こ」
食べ放題に付き合ってもらったし。
今度は私が付き合う番。
「サンキュ」
仁がバス停とは反対側に歩き始めたから、私もその後ろをついて歩く。
「手繋ぐ?」
「バカじゃないの?」
もう騙されませーん!
さすがにそこまでバカじゃないもん。
「ダメ?」
その可愛い系笑顔、ファンは胸キュンだと思うけど、私からしたら気持ち悪いだけですからねー。
「そういうのは彼氏としかしないの」
「翼と?」
……はい?
「アイツは彼氏じゃないから」
仁の頭の中は〝翼〟で一杯なのかな??
「そ?」
そんな仁も私の歩くペースに合わせて歩いてくれる。
龍美は二人ともよくできた男だこと。
「ねぇねぇ、どこ行くの?」
大きめな交差点の信号に引っかり、立ち止まったときに尋ねる。
「んー…」
そう言ったあと、仁は私の顎をクイッと持ち上げ……。
って…俗に言う顎クイ…!?
「きゅ、急に─」
自分の唇を私の唇に──。
重ねるギリギリのところで止まった。
寸止め…。
ビックリして、腰が抜けそうになって、ふらつく。
そんな私の腰に手を回して支えてくれる仁。
遠くから見たら、深いキスをしてるように見えないだろうか。
それは困るんですけど。
人がいるんですけど。
無理やり仁から離れると、仁はニヤリと笑った。
「なっ……」
顔赤くない?私。
ファーストキス…奪われるところだった。
仁には奪われたくない。
絶対に。
「用事終わりーっ。さ、帰ろーぜ」
は!?
「どういうこと?」
キスするフリがしたかったの?
交差点で??
趣味悪。
遊園地にて。
乃愛がトイレから出てくるのを待ってたら、三人組の女子に囲まれた。
……めんどくせぇな。
「龍美の翼くんですよね!?」
ファンには笑顔振りまいとかねぇとなー。
乃愛の前ならそんなこと気にしなくていーからスゲー楽なのに。
「そうだよ」
自分でもキモいと思う声と口調。
そんな対応しながら乃愛にメールを打つ。
【駅で待っとけ。今合流したらスキャンダルだから】
これで乃愛が理解してくれたら助かるけど。
〝どーしたのー?〟
とか言ってこっちに来られたら困る。
「プライベートですか?」
どうだっていいだろ。
うぜぇ。
ファンは大事だとはいえ、プライベートまで追ってこられたら疲れる。
「ロケ」
プライベートって答えて1人でいる理由聞かれても困るし。
「1人??カメラは?」
タメ語かよ。
「隠し撮り。今ちょーどそーいう企画やってるから」
雑な説明に疑う姿も見せないバカたち。
「じゃ、そろそろ俺行くから」
その場を離れようとしたのに、
「あっあのっ!握手とサインと写真を…」
……めんどくさ。
「うちの事務所写真はNGなんだよね。ごめんね」
嘘ではない。
「この下敷きにサインお願いしていいですか?」
さっきの土産屋で見かけた下敷き。
ペンもさっきの土産屋で見かけたペン。
「私もお願いします!」
「私も!」
三人分サインして、握手もして、その場を立ち去った矢先、オバサン集団に囲まれてしまった。
変装してんのに何でバレるわけ。
このオバサンたち香水キツいし。
暑いし、早く乃愛と合流したいのに。
イライラする。
「生で見たらカッコえぇわぁ」
関西弁だ。
いかにも関西っぽいな。
見た目といい、図太い神経といい。
関西否定してるわけじゃないけどさ。
「サインちょうだいや」
……また面倒なことに。
パッと見で15人ぐらい居んだけど。
「…すみません。ロケ中なので」
さっきは3人しかいなかったからしたけど、15人数以上はキツい。
「さっきの女の子たちにはしとったやん。なんや、オバサンやからしてくれへんの?」
……イメージ低下。
今の時代ネットで拡散されるから危険だ。
めんどくせぇな。
マジイライラする。
「……事務所でサインはむやみにするなって言われてるんですよ」
「アタシらにもしてくれたってえぇやん。なぁ??」
うざい。
「…じゃあ特別に。特別にですよ??」
特別感を出せば、オバサンたちは特に喜ぶ。
イメージ低下だけは免れただろ。
「事務所には秘密にしてくださいね?もちろん、ネットで拡散とかは禁止です」
ニコリと微笑む俺。
これで更に特別感出せたし、ネットで拡散されることもなくなった。
「翼くんとウチらだけの秘密ってことやん」
と頬を赤く染めるオバサン。
「そうです。よろしくお願いしますね」
……うぜぇ。
てかキモい。
オンナオンナしてるオバサンも、俺も。
そんなこんなで、遊園地を出るまでかなり時間がかかった。
あー、疲れた。
駅までの道のりが遠く感じる。
そんな遠くねぇけど、タクシーを拾って駅まで連れてってもらうことした。
「△△駅まで」
ワンメーターだからか、運転手は舌打ちをした。
イラついてる俺は、それで更にイラつく。
「△△駅まで。聞こえなかったッスか?」
「聞こえてます」
何か腹立つ。
腹が立てばなぜか乃愛の顔を見たくなった。
乃愛を見ると、苛立ちが収まる気がする。