「…できた」
そう呟いて時計を見たら、一時間経っていた。
「遅すぎ」
せっかくやったんだから褒めてくれたっていいのに。
そう思ってたら、性悪が言った。
「だいたい合ってんじゃん。進歩だな」
と。
優しい笑顔付きで。
あのアイドルスマイルだ。
騙されたら痛い目見る。
エセアイドルなんだから。
ほら。
だって、倍速で動悸がするもん。
「じゃ、暗記しろ。お前は暗記の方がマシだ」
えぇ!?
やっぱり鬼…。
私記憶力ないんだけど……。
「俺だってセリフ覚えてんだよ。お前もやれ」
……それを言われたらやるしかないじゃん。
「頑張るから見返りちょーだい」
こんなときでもおねだりは忘れない。
「無理。つーかお前が俺に何か寄越すもんだろ、普通」
チッ。
「ケチっ」
つまんないのぉー。
わざとらしく不貞腐れてみる。
ま、スルーで終わるけど。
「じゃ、遊園地でも行くか」
ね?
スルーされたでしょ?
・・・ん?
「今何と…?」
幻聴かしら。
遊園地という単語が…。
「だから、遊園地」
私の耳は正常だったー!
よかったぁ。
そして…
「遊園地って何?」
このドSからそんなメルヘンな言葉が飛び出てくるなんて、遊園地=地獄とかそういうニュアンスじゃないよね?
普通の遊園地だよね?
「遊園地も知らねぇの?お前頭大丈夫?」
「遊園地、連れてってくれるの!?」
この際、コイツの嫌味はスルーだ。
「1年先までは確実に埋まってるスケジュールが空いたらな」
・・・絶対空かないじゃん。
私の期待を返せバカヤロー!!
「あー、乃愛と遊びたい」
俺らのトーク番組【龍美のLet's TALK】の楽屋で仁が言った。
その瞬間、イラッとした自分がいる。
「翼聞いてる?」
「何が?」
何でイラッとしたのかは謎だけど。
「昨日乃愛とご飯食いに行ったじゃん?あれからますます乃愛に惹かれちゃってさー」
……は?
なんか腹立つ。
「アイツに惹かれるとか、目ぇ腐ってんじゃねぇの」
アイツとたいして関わったこともないくせに、顔で選らんでんだろ。
どーせ。
…仁に言ったことと、心の中で思ったことが矛盾してることなんかには気づかぬまま、俺は台本に視線を移した。
「遊ぶ約束はしたんだけどなー。俺のスケジュールが空かないっていう……」
仁は仁で舞台稽古があったりで忙しい。
このままずっと忙しかったらいーのに。
イライラしてると、全く台本が頭に入らない。
「あっそ」
仁の恋ばななんか興味ない。
聞きたくもない。
「何だよ、機嫌わりぃなぁ」
仁の口から乃愛って単語が出たらイラつく。
何でイラつくのかは分からないけど。
とにかくムカつく。
「うるせ」
「ピリピリすんなって」
お前のせいだし。
**
「やめてください!」
プールのロケ中、ウォータースライダーに並んでる仁を待ってるとき。
辺りに女の声が響いた。
辺りを見回すと、金髪のヤンキーたち3人に絡まれてる人がいた。
乃愛だ。
それに気づいた瞬間、俺は周りの目を気にせず、無理矢理連れていかれそうになってる乃愛の手を掴んでいた。
「コイツは俺のもんだ。手ぇ出すな」
ロケの合間だから、変装も何もしてない。
むしろ、見にまとってるのは海パンのみだ。
「チッ彼氏持ちならそういえよ」
幸いなことに、御堂翼だということに気づかずにヤンキーたちは去っていった。
周りの客も、誰一人俺らの方を見てない。
「性悪…」
乃愛の泣きそうな顔。
無性に抱きしめたくなったけど、キモいから抑える。
「変な男についていくなっつったろ」
そう言うのがやっと。
スゲー腹立つ。
「無理矢理連れていかされたのっ。見てて分かったでしょっ」
ぷんぷん怒る乃愛が可愛いと思った。
口が裂けても口には出さないけど。
「ムカつく」
可愛いって俺に思わせる乃愛に、簡単にナンパ野郎に触らせる乃愛に。
「私にムカつかれたって困る」
何か最近の俺はおかしい。
「違う。あの男たちがムカつくっつってんの」
女子に対して可愛いって思ったことなんかなかったのに。
「…あ……あんた何でこんなところ居るのよ」
仁がコンサートとかでファンを見てたまに〝あの子可愛い〟って簡単にボソッと呟くのが移ったんだろーか。
ずっと一緒にいたら似るっていうし。
「…別に。お前が変な男についていくだろーと思って来ただけ」
嘘だけど。
カッコつけたい気分になったからそう言っただけ。
ホントは乃愛がアイツらに触れられる前に対処してやりたかった。
「……ありがとね」
めずらしく乃愛が礼をした。
雪でも降るんじゃねぇの。
「これ貸しだから。家帰ったらしっかり仕事しろよ?使用人」
毒づくのはやめてそう言う。
てか命じる。
「やっぱアンタ最低!てか私と居たら週刊誌に撮られるよ。早く帰りなよ。もう大丈夫だから」
俺をエセアイドルだとか言いながらも、週刊誌を気にしてくれるのは乃愛らしい。
「今日ここにロケしに来てるから。仁が今頃超高速ウォータースライダーの行列に並んでるだろーな」
と、視線を超高速ウォータースライダーの行列を見る。
「うわー、仁もあれやるんだ。可哀想~」
「アイツこういうの好きだから」
テキトーにそんな話を付け加えてから乃愛に視線を戻す。
「じゃ、俺ロケ戻るから。今日は晩ごはんいらない」
このロケの後は映画の撮影がある。
だから正直、仁のウォータースライダー待ちはスケジュール的にキツい。
ロケだって言っても、ここの責任者は俺らを優先的に滑らせてくれないから、待つしかない。
昔は優先してくれてたのになー、とスタッフも嘆くほど、この業界の待遇は悪くなってる。
まぁ、一般常識的に当たり前のことで、業界の人間が自己チューなだけど。