また戸波さんの奥さんの話を聞いた。
奥さんの話を意外とよくする。
本気になりたくない、本気やけども本当に欲しくなってしまいたくないあまりに戸波さんにすぐ、奥さんを愛してるよね?と聞いてしまう。
その代わり、わたしを好き?とは聞かない。
奥さんが大好きやもんね。愛妻家やもんね。
奥さんのこと大事にしはって優しい旦那さんやもんね。
そんなナイフみたいな言葉ばかり戸波さんに浴びせてしまう。
諸刃の刃の切っ先はわたしの心をずたずたに引き裂く。
そーだよ、戸波さんがわたしを本気で好きなはずないやん。遊びに決まってるやん。帰る場所があるからわたしと恋愛ごっこが出来るだけ。
奥さんという重りがあって、戸波さんをちゃんと繋いでいるからこそわたしと遊ぶ余裕があるだけ。そうやんね?
そう自分に言い聞かせてなんとか自制しているに過ぎない。
こんな事件があったのに、引き返すなら今日やったのにわたしを抱いたなんて。
もう絶対に後には引かせない。
馬鹿な女で申し訳ないけど、やっぱりあなたが好きだよ。
奥さんに同情すればするほど、精神的にちょっと病んでいる姿を浮き彫りにされればされるほど、
奥さんを労しく思いつつもなおさら戸波さんが欲しくなる。
そんな奥さんを戸波さんはずっと養っていかないといけないんだよ。
奥さんにイライラして、わたしに逃げているかもしれないけど、現実はわたしじゃなくて奥さんなんだって、戸波さんは気づいていないだけだ。
そんな風に思わされてならない。
これが不倫の虚しさかと思う。
戸波さんに、不満のある生活をさせる奥さんをなんとかしたいと思う。
奥さんが良くなれば、戸波さんは快適な生活を送れるだろうか。
でももし、わたしがあまりに良くして、アドバイスをして、本当に奥さんが良くなったら?
そしたら戸波さんはわたしから離れていくに違いない。
家庭に癒しがあれば、わたしなんていらない、そうでしょ?
1回抱いた不満がそう簡単に消えることが無いのも知ってるし、戸波さんの献身的な生活が今に始まったわけじゃないのもなんとなく分かるからこそ、直ぐにはこの現状は変わらないとは思うけど。
やけど、奥さんがもっと悪くなってダメ人間になってくれたらいいのにとまでわたしは思えないし、
奥さんが悪くなったところでそんな状態の人を見捨てて離婚するような人やとも思えない。
社会的にも、そんな旦那は良しとされないだろうから。
やからといって、奥さんがあまりに悪くなってわたしに構ってもおられん状況になるのも困る。
でも、奥さんの愚痴をいつだってニコニコ聞いていられるほどわたしだってやさしくないよ。
生活の中に奥さんが根付いているわけやから、会社の話か奥さんの話しか戸波さんの持ちネタはないに等しい。
やから、自然と奥さんの話が出るのは仕方ない。
戸波さんがいくら辛くても、しんどくても、奥さんと一緒に人生やっていく選択をやめない以上わたしはそれを尊重したいから、奥さんのことを一緒に非難することも出来ない。
今もこうして、裸で一緒にベッドで抱き合っているというのに、奥さんの愚痴を聞かされる。
奥さんは何もしない。
戸波さんが休みの日に料理を作りだめして、会社に行くから奥さんは一日中なんもせんとテレビ見て、お腹すいたらそれ食べて、寝る。
毎日毎日働きにも行かんとそんな生活。
洗濯物も洗い物も溜まりっぱなし。
帰って体力あれば戸波さんがやる。
平日体力なければ休みの日にやる。
掃除も洗濯も料理もぜーんぶぜーんぶ戸波さんの仕事。
やのに文句をいわれる。
やからイライラして、やったらお前がやれよ、と怒ってしまう。
そんな話。
そもそもどんな顔して聞いたらいい?
奥さんの話出すだけで、怒る子やって多分いるよ。
大変やね、仕事も家事も頑張ってるんやね、
ほんまにいつもお疲れ様。えらいね。
それしか言えへんよ。
ニコニコしたいと思うけど、複雑な気持ちすぎていつだってただただニコニコしたままでなんていられない。
悲しくて、虚しくて、少しばかり哀れみの入った気持ちになる。
戸波さんそんな顔しないでよ、と思う。
奥さんの話をされる度に1番嫌なのは、
奥さんのそういう現状が改善されることが、わたしとの火遊びよりも何よりも1番戸波さんが望んでることなんやろなと痛感すること。