2時間くらい車を走らせていたらLINEがきた。


「14時から家財道具配分の話し合いを行います。」


行った方がええよ。謝って家に置いてもらい。
寝るとこ無くなったら大変やから。せめてそれだけは確保せんとあかんよ。



そう言われ、行くことにした。


追い出されたのが10時前やったから、まだ大分時間があった。

喫茶店に入り、二人とも落ち着かん気持ちで話をした。

あいつおかしいよ、気狂ってる、と戸波さんは言った。


顔を合わせてからの婚約者の言動を何一つ詳細に記憶していなかったが、少なくとも戸波さんは普通じゃないと感じたらしい。

逆にわたしは、6年間知っている彼の言動に違和感は感じなかったし、怒り方も、喚き方も、いつもの通りで、あれは特別キレているというほどではないように感じていた。


6年間の間に色々なことがあったし、

もちろん若かったから誤解を生むこともあって、
実家にいたときはわたしはなおさら親の操り人形のようなものやったから、振り回したり困惑させたりしてもっと怒られたときはざらにあった。


やから普通やと思っていて、またいつもの通り機嫌をとればなんだかんだ元通りやと思ってた。


だって彼には後がないし、わたしの顔が、身体が、大好きで、コレクションアイテムみたいなものだから、手放せないと分かっていたし。


やから戸波さんに、あいつDVちゃうん、と言われて意外なことこの上無かった。



殴られたりせえへんの?と言われ
取っ組み合いの喧嘩はたまにします、力で勝てるわけないですけど、と言ったときの反応や


その後は?と聞かれて

機嫌とるために色々します、
フェラを強要されたりひたすら触られたり、セックスを迫られて何時間も抱かれ続けたり、とか答えていて、戸波さんの顔はどんどん曇っていって、辛くなった。


今晩もし家に入れてもらえたとしてもこうなるやろう、と考えると不快で堪らなくなり、

戸波さんはこんなわたしを嫌いになるやろうか、と考えたら悲しくなった。



いかれてるわ、そいつ。



戸波さんはそれしか言わなかった。


わたしが100%悪いはずやのに、謝って許してもらいとか、仲直りしやとかそんなことはもはや言わなかった。


家出ろ。月曜日にでも総務に話して、出来るだけはやくに寮入れ。
それまではなんとか機嫌とって、寝るとこだけ確保しなかん。

俺がなんとかしてやりたいけど、泊めたることも出来ひん。ごめんね。



そんなことばかり繰り返していた。


そうこうしている間に、取りっぱぐれると困るから家賃を2月分3月分先払いしろだの迷惑料はいくらいくらだから払えだのというLINEがきた。



14時前になり、家の前に降ろされた。




なんか俺まで緊張するわ。頑張りね。


帰っちゃうんですか。待っててください言うたら、困っちゃいます?話し合いは、すぐ終わると思うけど。


ええよ待ってる。近くのマクドで仕事するから、終わったら電話して。心配やし、帰れへんわ。


ありがとう、行ってきます。




話し合いは本当にすぐ済んだ。

ものの15分程度だった。


金を持ってこいと言われていたのに、持って行かんかったのでむちゃくちゃ怒られた。

これとこれとこれと……これ俺が持っていく、異論は認めない。家賃はいついつまでに払え。今月分だけでも払わん限り鍵は渡さない。他に言うことは?

みたいな感じで、話し合いというよりむしろ一方的に話されているだけだった。



はい、はい、わかりました。ごめんなさい。
許してください。やましいことは、何一つありません。


許すわけないだろ。俺がなにに怒ってるかわかる?


他人を無断で家に上げ、インターフォンと呼びかけに応じなかったことです。


違う。お前は本質を分かっていない。俺の中のお前への信頼は崩れ去ったんだって。わかる?だからもう終わり。いつ出ていく?



……ごめんなさい。


寝床が欲しい一心だったから、これだけ鬼の形相で婚約者が怒っているというのに、やはり涙が全然出なかった。



バカな女、と吐き捨てられたときようやく悟った。



ああ、この人は従順なわたしが好きなのだ、と分かった。

非従順的な態度をとったわたしが憎いだけ。自分が警察をよんで大事にしたくせに、そうさせたわたしが憎いとしか多分思っていない。

プライドが傷ついた、バカな女に裏切られた俺のプライドはズタズタだ。


そんな風にしか思ってないんだろう。
でなければ、こんな態度をとるはずがない。


事の顛末も何一つ聞かんと、あいつは誰とか、なんで今日は会社に行っていないのとか、そんなことすら気にもしないで出ていけだなんて、本当にどうでもいいんだね。


わたしはそう解釈した。


だから、分かった?もうこれで終わりなんだけど。という何回目かの問いただしにも、なにも考えず分かりました、終わりですね仕方ありません、とオウムのような一辺倒を繰り広げていられたし、

いつものように「本当にこれでいいんだね?ふーん、そんな態度取っていていいんだ。どうなっても知らないけどね」みたいな、挑戦的な脅しをふっかけられても何一つ動じなかった。


次があるという訳でもないのに、なんだか冷めてしまったのだ。


この人に着いていけば安泰だと思ったから6年も一緒にいたし、色々なことがあったけど結婚はこの人とだと思ってきた。

しかしやっぱり違う。


わたしを欲していて、頭が良くてお金にまあまあ困らない人がいいと思ってきたけど、この人はわたしが好きなんじゃなくわたしという従順な女の子を飼っていたいだけ。


わたしが言うことを全然聞かないから、余計に彼はそうなったんだと分かってしまった。


セックスしないと拗ねて不機嫌になり、ろくすっぽコミュニケーションも取ってくれなくなる所とか。

わたしの好きな物、好きなことに昔から全く興味関心を抱いたりしない所とか。

いつも見下したような反応で、完全に「バカなやつ」というスタンスを続けていた所とか。


わたしはほんまにバカな女やから、バカなやつ呼ばわりされて、結局婚約者が面倒を見てくれたり、知恵をかしてくれるのならそれでよかった。

ぬるま湯にいて、自分が責任を負わなくとも力がかしてもらえるのなら、それが一番よかった。


そう思っていたけど、この先ずっとバカな女として引っ張られて言うことを聞き続け、性処理女として扱われて、愛のないセックスに励み、彼の機嫌をとる。


そんなんでいいのかと思ってしまった。



ぼんやり座っていたら婚約者が目を釣り上げてこう言った。


後ろ向いて一日中正座してろ。邪魔くせえから絶対こっち向くなよ。俺資格の勉強するから。空っぽの頭で、どうしたら二度とこういうことが起きないかの案を考えといて。
もちろん俺が肉体的精神的コストをこれっぽっちも払わない方法かつ現実的な方法ね。それが思いつかなくて、俺の親に発表出来ないならもう終わりだから。
まあそんなのは無いとは思うけどね。


そうまくしたてられて、わたしは笑ってしまいそうになった。

わたしはなにも乞うていないのに、どうして未だに救済案を出してくるんだろう。

そんなことを熱心に考えるほど暇じゃないし、こちらこそそんな無駄なことに肉体的精神的コストを支払いたくない。

そもそも親に発表とはなんなのだ。

突然支離滅裂すぎる。



そっか、分かりました。


わたしはそう言うと颯爽と立ち上がり、部屋を出た。

頭を冷やして、空っぽの頭で考えてきます。
一日中正座してるなんて無理だし、大事な資格の勉強を邪魔しちゃいけないから。



マンションを出て、彼が追ってきていないかを確認するや否や戸波さんへの発信ボタンを押した。