会いたいなぁ。
やけど、ほんまに会えるんかなあ。
そんなことばかりで頭を埋めながら必死に仕事をした。
19時。
会社も閉める閉める詐欺をする時間になり、
閉めるからなー、分かってまーす、という
お決まりのやり取りの中皆さんが残業をしている。
そうはいってもわたしは新入生。
まだ1年目やから、そんなに遅くまでいると目立ってしまう。
19時5分。のんびりと片付けをして、席を離れた。
さらにのんびりと更衣室でコートを着て、身支度を整え、デスクに荷物を取りにもどる。
戸波さんは居なかった。
あれ?どうするつもりなんかな?
不思議に思いながら外に出た。
駐輪場でチャリを出そうと頑張っていたら、
どこからともなく戸波さんが現れた。
帰るん?
かえります。
駅行く?
チャリ置かなあかんから。行きます。
やったら駅行っとくわ。
こないだ降ろしてくれはったとこに居てください。駅裏の方。
分かった。あとでねー。
いつもの駅までの道が嘘のように早かった。
このままチャリを走らせれば、その先に戸波さんが待っているなんて。
わたしから頼んだわけでもないのに、駅で待っとってくれるなんて。
戸波さんと付き合ってるんやなぁ、と。
しみじみ嬉しくなってしまったり。
寒いのに、全然寒さに気が回らんほどに胸が高鳴っていた。
チャリをいつもの2倍近くの速さで漕いで、急いで鍵をかけて、ロータリーに向かった。
19時まで働いたとは思えんくらい身体が軽かった。
まだあまり戸波さんのクルマを覚えていなかったので、フラフラしていたらヘッドライトがパカパカする車があった。
……戸波さんだ。
馬鹿な虫みたいに光に吸い寄せられていった。
運転席に戸波さんがいる。
…手招きする戸波さん。
いつになく優しい笑顔。
ちょっとビビりながら乗る。
どんな顔して乗ったらいいの。
あの日からはじめて、ちゃんと顔合わすんやけども。。
うー、、緊張する。。
おつかれさまです………
すごい緊張して、全然ニコニコできないまま車に乗った。
待ち合わせしてくれはったのむちゃくちゃ嬉しかったのに、にこりとも出来へんくらいに緊張していた。
黙ってシートベルトを締める。
送ったるわー。
視線を感じる。
戸波さんは運転しながらも大分チラチラこっちをみながらお話してくる。
いややな恥ずかしいよう。。
目も合わせられんと、必死で戸波さんの方を向いてはパッと顔を背ける繰り返しやった。
戸波さんはそれを見るたびに、
なにー?どしたん?
とか言いながらおかしそうに笑った。
わたしの家までは会社から車で40分くらい。
戸波さんに聞かれるままに色々話した。
随分と色んな話をして、戸波さんの気の利いた返しに笑った。
戸波さんが笑ってくれるのが嬉しかった。
わたしの家の真横はコンビニやから、そこの駐車場に停車して1時間半くらいお話した。
そろそろ帰るわ、
それを聞くとまたずるいわたしはおねだりをした。
頭撫でて。頭ぎゅうってして。
しゃあないなあ、と言いながら何度もおかわり、おかわり、といって撫でてもらうのを繰り返した。
これくらいのわがままやったら逆にかわいいって思ってくれるんちゃうん?
そういうずるい気持ちがもちろんある。
奥さんのもとに返したくないとかはない。
奥さんがおるからこそたぶんわたしは戸波さんが好きやし、戸波さんも恋愛する余裕があるんやと思ってるから。
それとは別次元で、わたしにズブズブになって欲しいし、奥さんのことを考えるときとは比べ物にならないくらい心を動かしてわたしのことを考えて欲しい。
そう思ってるから、馬鹿な頭であれこれ考えて駆け引き的なこともチャレンジしてみる。
しゃあないなあもう、の時の顔が一番すき。
愛おしくてたまらない、と実家の犬の写真を見せてきたときと同じ顔しよるよ。
戸波さんはそれでいい。ずっとそういう顔してて。
潮時かな。
戸波さんの表情が戻った瞬間、ドアを開けた。
送ってくれはって、ありがとうございます。
楽しかった。
また助手席側の窓を開いて、戸波さんがバイバイしてきた。
運転姿勢の荒い戸波さんは、思いっきりハンドルを切りながらすごい速度で道に消えていった。
その週は毎日のように会った。
その次の週も、ほとんど会っていた。
そして、初めてのデート。
会社指定の休みやけど平日で、奥さんは休みてことを知らんから会えるって。
むちゃくちゃ楽しみにしとって、色々行くところを考えていた。
朝比較的はやく、9時頃、戸波さんがわたしの家に迎えにきた。
大分早かったから、朝ごはんを食べる?と誘って、戸波さんを部屋に上げた。
それがまずかった。
大変に運の悪いことに、婚約者と出くわす始末になった。
平日やからこっち来てるなんて絶対にないと思っていたのに、ガチャガチャドアノブが回って、りりちゃん、居るんでしょ?!
と叫ばれた時のことを思い出すと今でも背筋が凍る。
結論から言うと、免許の更新と、置きっぱなしやった公的機関用の書類とかを出張がてら取りに来たということやった。
やましい気持ちが無いわけじゃなかったから内鍵をかっていたら、強盗が押し入ってるとかいう名目で警察を呼ばれた。
怖かった。
なにもまだしていなかったし、部屋で触れてすらおらんかったけど、悪いことをしてるという自覚だけはあったから、ほんまに怖かった。
内鍵を壊して、警察が乗り込んできた。
もう今となっては、その時パニックになり過ぎていて詳細をあまり覚えてないけど、とんでもない騒ぎというか、修羅場というか、とにかく大変やった。
戸波さんは、わたしが朝ごはんをつくる間PCを開いて仕事をしていて、
警察と婚約者が来た時もPCにむかっていたから、警察も半ば呆れていたけど
婚約者は随分とご立腹で、わたしを締め出した。半泣きで怒鳴り散らして、わたしを揺さぶったり殴り掛からんばかりの剣幕だった。
警察になんども、貴方が傷害罪になりますよとかDVで訴えられますよとか言われて羽交い締めにされ、ようやく体裁を保とうとし始めたくらいには、取り乱していた。
帰ってくるな。鍵も置いていけ。
そう言われ、最低限の出掛ける格好を整えるまで圧力をかけられながらわたしは家を出た。
戸波さんは警察から軽く話を聞かれて帰された。
鍵の代金とかを請求しますから、と言って婚約者は戸波さんの住所を無理矢理聞いた。
免許と照合していたから、戸波さんは嘘は言えへんかったと思う。
わたしは家を追い出されたのだから、戸波さんを追いかけた。
戸波さんは困ったような顔をしてわたしを見たけど、乗り、と言って車に乗り込んだ。
戸波さんと2時間くらい車で適当に走り回っていた。
馬鹿なわたしは、戸波さんとの貴重なデートがおしゃかになったことを悲しんでいた。
頭が悪いわたしは、婚約者を失ったことに涙のひとつも流さなかった。
婚約者が怒っていることよりも、家に入れて貰えないこと、ただそれだけを心配していた。
なにより、戸波さんが「面倒な女を拾ってしまった」、と嫌気が差して、もう終わりにしようなどと言い始めないかを心配していた。
実際まだ抱かれていなかったし、やめておけという誰かの道しるべなのではないか、などと考えたらどうしようなんて考えていた。
このまま終わりなんて言わないで。
初めてのデートやったのに。
婚約者が怒り狂っていても泣けもしなかったし、冷めた頭でうわー怖い、くらいにしか思えもせんかったのに、
なにも言わない戸波さんを見ていたら泣き崩れそうだった。
心底バカな女だと我ながら痛感した。
2時間くらい車を走らせていたらLINEがきた。
「14時から家財道具配分の話し合いを行います。」
行った方がええよ。謝って家に置いてもらい。
寝るとこ無くなったら大変やから。せめてそれだけは確保せんとあかんよ。
そう言われ、行くことにした。
追い出されたのが10時前やったから、まだ大分時間があった。
喫茶店に入り、二人とも落ち着かん気持ちで話をした。
あいつおかしいよ、気狂ってる、と戸波さんは言った。
顔を合わせてからの婚約者の言動を何一つ詳細に記憶していなかったが、少なくとも戸波さんは普通じゃないと感じたらしい。
逆にわたしは、6年間知っている彼の言動に違和感は感じなかったし、怒り方も、喚き方も、いつもの通りで、あれは特別キレているというほどではないように感じていた。
6年間の間に色々なことがあったし、
もちろん若かったから誤解を生むこともあって、
実家にいたときはわたしはなおさら親の操り人形のようなものやったから、振り回したり困惑させたりしてもっと怒られたときはざらにあった。
やから普通やと思っていて、またいつもの通り機嫌をとればなんだかんだ元通りやと思ってた。
だって彼には後がないし、わたしの顔が、身体が、大好きで、コレクションアイテムみたいなものだから、手放せないと分かっていたし。
やから戸波さんに、あいつDVちゃうん、と言われて意外なことこの上無かった。
殴られたりせえへんの?と言われ
取っ組み合いの喧嘩はたまにします、力で勝てるわけないですけど、と言ったときの反応や
その後は?と聞かれて
機嫌とるために色々します、
フェラを強要されたりひたすら触られたり、セックスを迫られて何時間も抱かれ続けたり、とか答えていて、戸波さんの顔はどんどん曇っていって、辛くなった。
今晩もし家に入れてもらえたとしてもこうなるやろう、と考えると不快で堪らなくなり、
戸波さんはこんなわたしを嫌いになるやろうか、と考えたら悲しくなった。
いかれてるわ、そいつ。
戸波さんはそれしか言わなかった。
わたしが100%悪いはずやのに、謝って許してもらいとか、仲直りしやとかそんなことはもはや言わなかった。
家出ろ。月曜日にでも総務に話して、出来るだけはやくに寮入れ。
それまではなんとか機嫌とって、寝るとこだけ確保しなかん。
俺がなんとかしてやりたいけど、泊めたることも出来ひん。ごめんね。
そんなことばかり繰り返していた。
そうこうしている間に、取りっぱぐれると困るから家賃を2月分3月分先払いしろだの迷惑料はいくらいくらだから払えだのというLINEがきた。
14時前になり、家の前に降ろされた。
なんか俺まで緊張するわ。頑張りね。
帰っちゃうんですか。待っててください言うたら、困っちゃいます?話し合いは、すぐ終わると思うけど。
ええよ待ってる。近くのマクドで仕事するから、終わったら電話して。心配やし、帰れへんわ。
ありがとう、行ってきます。
話し合いは本当にすぐ済んだ。
ものの15分程度だった。
金を持ってこいと言われていたのに、持って行かんかったのでむちゃくちゃ怒られた。
これとこれとこれと……これ俺が持っていく、異論は認めない。家賃はいついつまでに払え。今月分だけでも払わん限り鍵は渡さない。他に言うことは?
みたいな感じで、話し合いというよりむしろ一方的に話されているだけだった。
はい、はい、わかりました。ごめんなさい。
許してください。やましいことは、何一つありません。
許すわけないだろ。俺がなにに怒ってるかわかる?
他人を無断で家に上げ、インターフォンと呼びかけに応じなかったことです。
違う。お前は本質を分かっていない。俺の中のお前への信頼は崩れ去ったんだって。わかる?だからもう終わり。いつ出ていく?
……ごめんなさい。
寝床が欲しい一心だったから、これだけ鬼の形相で婚約者が怒っているというのに、やはり涙が全然出なかった。
バカな女、と吐き捨てられたときようやく悟った。
ああ、この人は従順なわたしが好きなのだ、と分かった。
非従順的な態度をとったわたしが憎いだけ。自分が警察をよんで大事にしたくせに、そうさせたわたしが憎いとしか多分思っていない。
プライドが傷ついた、バカな女に裏切られた俺のプライドはズタズタだ。
そんな風にしか思ってないんだろう。
でなければ、こんな態度をとるはずがない。
事の顛末も何一つ聞かんと、あいつは誰とか、なんで今日は会社に行っていないのとか、そんなことすら気にもしないで出ていけだなんて、本当にどうでもいいんだね。
わたしはそう解釈した。
だから、分かった?もうこれで終わりなんだけど。という何回目かの問いただしにも、なにも考えず分かりました、終わりですね仕方ありません、とオウムのような一辺倒を繰り広げていられたし、
いつものように「本当にこれでいいんだね?ふーん、そんな態度取っていていいんだ。どうなっても知らないけどね」みたいな、挑戦的な脅しをふっかけられても何一つ動じなかった。
次があるという訳でもないのに、なんだか冷めてしまったのだ。
この人に着いていけば安泰だと思ったから6年も一緒にいたし、色々なことがあったけど結婚はこの人とだと思ってきた。
しかしやっぱり違う。
わたしを欲していて、頭が良くてお金にまあまあ困らない人がいいと思ってきたけど、この人はわたしが好きなんじゃなくわたしという従順な女の子を飼っていたいだけ。
わたしが言うことを全然聞かないから、余計に彼はそうなったんだと分かってしまった。
セックスしないと拗ねて不機嫌になり、ろくすっぽコミュニケーションも取ってくれなくなる所とか。
わたしの好きな物、好きなことに昔から全く興味関心を抱いたりしない所とか。
いつも見下したような反応で、完全に「バカなやつ」というスタンスを続けていた所とか。
わたしはほんまにバカな女やから、バカなやつ呼ばわりされて、結局婚約者が面倒を見てくれたり、知恵をかしてくれるのならそれでよかった。
ぬるま湯にいて、自分が責任を負わなくとも力がかしてもらえるのなら、それが一番よかった。
そう思っていたけど、この先ずっとバカな女として引っ張られて言うことを聞き続け、性処理女として扱われて、愛のないセックスに励み、彼の機嫌をとる。
そんなんでいいのかと思ってしまった。
ぼんやり座っていたら婚約者が目を釣り上げてこう言った。
後ろ向いて一日中正座してろ。邪魔くせえから絶対こっち向くなよ。俺資格の勉強するから。空っぽの頭で、どうしたら二度とこういうことが起きないかの案を考えといて。
もちろん俺が肉体的精神的コストをこれっぽっちも払わない方法かつ現実的な方法ね。それが思いつかなくて、俺の親に発表出来ないならもう終わりだから。
まあそんなのは無いとは思うけどね。
そうまくしたてられて、わたしは笑ってしまいそうになった。
わたしはなにも乞うていないのに、どうして未だに救済案を出してくるんだろう。
そんなことを熱心に考えるほど暇じゃないし、こちらこそそんな無駄なことに肉体的精神的コストを支払いたくない。
そもそも親に発表とはなんなのだ。
突然支離滅裂すぎる。
そっか、分かりました。
わたしはそう言うと颯爽と立ち上がり、部屋を出た。
頭を冷やして、空っぽの頭で考えてきます。
一日中正座してるなんて無理だし、大事な資格の勉強を邪魔しちゃいけないから。
マンションを出て、彼が追ってきていないかを確認するや否や戸波さんへの発信ボタンを押した。
家の前の道、道なりに歩いとって、拾うから。
そう言われたから、ひたすらにぼんやり歩いた。
幸いなことに比較的あたたかい日やったから、頭を冷やして考え事をするんに丁度うってつけな気候やった。
わたしの家からの最寄りのマクドは、自転車やったら15分程度のとこやけど、車なら5分もかからんと思われた。
仕事しよったやろうし、食べたゴミとか片付けして、店出て、15分くらい?
それにしても、大変なことになってしまったな。やけどもうあとには引き返せへん。
家を出てきて、戸波さんを呼んだということは、
婚約者か戸波さんかの選択で戸波さんを選んだ、あるいは婚約者を無意識的に切り捨てたということなのだと思い知った。
このまま戸波さんが来なかったら、どうしよう。
話し合いしてきたこと話して、わたしが戸波さんに依存すると思われて、怯えて去られたら。
わたしは婚約者に泣いて縋るんやろうか。
そんなことを考えて歩いていたら、ゆうに30分近くも歩き続け、マクドの近くに出た。
戸波さんからの着信。
拾い損ねてもーたわ。この道難しいわ。マクド戻るから来て。
マクドに着き、車に乗ると、相変わらず難しい顔の戸波さんがいた。
どーやったん?
わたしは一部始終を話した。
戸波さんはなんとも言えない顔をしてから、少し唸って、車を出した。
気分転換にどっか行こか。今更やけど。
はい。
そうは言ったものの、当初予定しとった雑貨屋さんやらカフェやらに行く気にもなれんと、二人して黙ったまま街をぐるぐるした。
30分くらいして、戸波さんがこう呟いた。
やっぱせっかくやし、ホテル行かへん?
ぎゅってしたいねん。雑念やばいから上手くいくかわからんけど。
わたしはなにも答えず頷いた。
車は郊外のラブホ街へと向かって行った。
郊外のラブホに足を踏み入れる。
メールせなあかんねん。
ほんまにね、さっきも電話かかってきよったやろ?メールするんやもん。
大人なはずの戸波さんがそう何度も言い訳のように繰り返していた。
部屋に入ると、ほんまにPCを開いて電話をし、カタカタし始めたのでわたしは大人しく離れたところでスマホを弄ったり、トイレに行ったりしていた。
ものの10分もすると、PCを閉じて戸波さんが抱きついてきた。
ベッドに倒れ込むわたし。
きゃあきゃあ言いながら、キスをした。
戸波さんに教えられた大人なキス。
軟口蓋や歯茎を下でなぞられて、口の中を犯されるかのような激しい舌の絡みがあるキス。
貪るように戸波さんが上からわたしに覆い被さって、抱き締めてきた。
泣きそうになりながら、キスに溺れた。
戸波さんとのキスは、苦い。
喫煙者とキスをしたことが無かったから知らんだけで、喫煙者には当たり前のことなのかも知れないけど。
肺の奥からたまに苦みばしった熱い息が湧き上がってくる。
むせ返りそうになるくらいセンセーショナルな味がする。
お子様なわたしの唾液腺は、慣れない味にいちいち反応しながら活動を続ける。
肺の奥は苦いのに、何なら口の中だってほんまに苦いのに、唾液はいつだって甘い。
苦いから甘く感じるのか、ほんまに甘いのかわからんけど、湧き出る唾液が甘い。
戸波さんはあまり唾液が出んタイプみたいやけど、それも甘い。
唾液を飲み干すのは、戸波さん。
わたしは湧き水のように唾液をだらだらと出し続けて、口の中が溶けそうになる。
唾液がよく出る人は、虫歯になりにくいとは言うけれど。
昔からわたしは唾液がよく出る質で、居眠りをすれば涎がとめどなく流れ、あくびをすれば口の端から涎が溢れそうになるくらいだった。
トロッとした唾液が口の中に溢れると、何故か蜜を飲んでいるかのような謎の気持ち良さがある。
もちろん自分で勝手に出た唾液ではそんなんならへんけど、キスとかで出た唾液やと格別。
はちみつで満たされた壺に舌を突っ込んでるかのような甘さ。
それを引き立てる戸波さんの苦さ。
さらにそれに加えて、戸波さんが色々なところを攻める。
首筋。左側の顔周りの髪の毛の毛先。耳。耳たぶ裏。鎖骨。うなじ。
恥ずかしいことに、すごく色々な所が感じるから、戸波の目線がチラついたり手が動いたりするたびにぴくぴくと無意識に反応していた。
あんなことがあったのに、胸がドキドキしてどうしようも無かった。
戸波さんに抱かれたい。
戸波さんのものにしてよ、そう強く思えば思うほど下腹がキュンとなり、唾液が溢れた。
戸波さんはいつになく湧き出る唾液を上手いこと啜りながら、少しずつ前戯を進めていった。
キスに沢山の時間を掛けたり、ゆっくりと前戯をしてもらうのは初めてのことだった。
大切にされている感じがして、切なくなった。
戸波さんに抱かれる。
その腕に包まれて、戸波さんのものにされる。
経験少ななわたしには言葉通りこんなの初めて、なことだらけだった。
そんなんしたことない。
なにそれ、すっごい気持ちいい。
そう悲鳴をあげるたびに戸波さんはガンガン突いて、
そんなガキみたいなセックスしかしてこんかったん?俺が色々教えたるから、そう言った。
戸波さんはいい匂いがして、抱きつき心地が良かった。
いつも威嚇してると自称してる戸波さんがちょっと余裕の無さそうな顔をしてわたしを見下ろしている様がなんだか切なかった。
弱そうな犬みたいなかわいい顔をしてわたしを抱き締め、細すぎひん?折れそう。とか言いながらわたしの髪に鼻を押し当てたり、指先で弄んだりした。
髪の毛を触られるのにも弱いから、戸波さんの吐息が耳や頭皮に当たるたびにぴくぴくと身体を動かしていた。
戸波さんは婚約者みたいに、執拗でいやらしいセックスをしない。
わたしをイカせ続けることにだけ喜びを感じて自分は絶対にイカない婚約者とは違う。
前戯も手つきも優しかったのに、臆病なだけじゃなくて抱く時はちょっとだけ荒々しく唇を奪ったりするのがドキドキした。
しかし、お互い雑念があったせいで、戸波さんのモノは萎えがちやったし、わたしも全然集中できひんかった。
やからちょっとだけセックスをして、萎えればおとなしく抜いてピロートーク?をしていた。
今までは、セックスすればわたしが気絶するまでイかされて終わりを迎えるか、擦られ過ぎて下が痛くてギブアップするまで辞めないから、ピロートークなんてしてる余裕なかったし、
そもそも疲れ果てたはなからにこにこ談笑なんて出来るわけないから速攻寝るみたいな感じやった。
やからわたしが起きていて、話をしているなんてめったに無いことやったし、いくら付き合いたてと言えども多少なりともセックスした後に話したい、いちゃいちゃしてたいと思うことなんて初めてやった。
戸波さんとはセックスの相性が良くないことを望んでいた。
セックスして、独りよがりでつまんないか、無理矢理で痛いことするタイプやったらガッカリ出来たし、ああ体目当てなんだなって思えたやろうから、期待しなくて済んだのに。
やのにあれだけ優しい眼差しで見つめられて、ここが好きなん。ここも感じるん?綺麗な曲線やね、とか言いながら舌を這わされて、もっと欲しくなってしまった。
ここも感じてしまうんや。かわいいね。
ここより、こっちの方が好きみたいやね。しかも、こういう感じに舐めると感じるんちゃうん?
戸波さんは顔に似合わず甘えたなんやと自称してきた。好きな人にだけやから。と前置きをつけて。
わたしを撫で回したりキスをしたり、いつになくベタベタして、愛撫するときも片手を絡ませたまま絶対に離そうとせんかった。
午前にあったことのせいでお互い調子が上がらんかったから、相性がいいか悪いかはまだ分からんかったけど、それでももっとこうしていたいと強く思ってしまった。
奥さんとは結婚したらすぐレスになった言うてたけど、ほんとかな。
まだ戸波さんは結婚して1年とかやのに、ほんまにわたしを好きになるとかあるんかな。
バカなわたしは婚約者の問題を抱えているにも関わらず、さらに面倒なことに頭を悩ませていた。
聞けないや。
だって本当に欲しいわけじゃない。
戸波さんの妻の座が欲しいなんて微塵も思わない。それはほんまのことで。
いつか飽きる。いつかはきっとわたしは飽きてしまうから、
そうなったときに切っても切れん縁を構築してしまっているが故にいつしかの甘い日々を思い出してガッカリとかしたくない。
なにより人のを奪って人並みの幸せなんて得られない。
略奪するスリルは刺激的かもしらんけど、離婚とか、メンタルの部分とかで生まれる計り知れない面倒事が、わたしへの不満へと変わるのなんて容易に想像がつく。
やけど、奥さんとわたしどっちが好き?
とか考えてしまう。
奥さんは、家族として好きやし大事。
生活するパートナーとして、愛してる、はず。
わたしには恋してくれている。
恋人として、大事。
そうであるはずやのに。
ききたくなって、答えが欲しくて、
頭が悪いから戸波さんの胸の中で涙をこぼした。
我慢出来ない。
悪い子やからって前置詞のように付ければなんでもゆるされるかのような感覚でいてしまう
ありえないことばかり現実にならないかと思ってしまう
これが不倫なのかと思い知る。
やっぱり人のやから欲しいのかな?
やっぱり、完全に手に入らんと分かってるからギリギリを攻めるスリルに身をやつしてしまうん?
ほんまに、全然合わへんセックスやったらよかったのに。
わたしを抱き締めて、頭をひたすら撫で続けていた戸波さんの手が止まる。
なんでそんなん言うん?
やって、すごいいやーなセックスやったら、どうせ体目当てかーって思えたよ。体目当てが一番やだけど、一番いいやん。虚しいけど、傷つかへん。欲しくならないし。
…せやね。確かに一番嫌やけど一番ええな。やけどな、しゃーないねん。好きになってもうてん。ほんまに結婚して全然経たんとなにやってんとは思うけど、
リリカのこと好きになってもうたんやもん。
やけどね、欲しがりやし、寂しがりやから。わたし悪い子やから、もっと欲しくなっちゃう。
なに?何が欲しいん?
わたしのになってなんて思わへんよ。わたしのになるまでに多分お互い疲れてどうにもならん溝が出来るて分かってるから。
うん。離婚は結婚の100倍辛いし体力いるて言うもんな。そんなんして一緒におってもたぶん上手くいかへんと思うで。
分かってるよ。
分かってるけどね、やっぱ、ちゃうって分かってても、一番好きな人でおりたいなぁとか思ってしまうねん。あかんけど。
そんなん俺やって、結婚しとらんかったらなあとか思うよ。
……あっそんな顔せんとって。そんなこと言ったらあかんの分かっとるから、怒らんとって。
やけどなぁ、ほんまにそれくらい好きになってもうてん。
結婚してへんかったら出会って無いんやろなと思うけど、制約があってお互い苦しむのは事実やんか。
あかんあかんて思っても、やっぱ好きやねん。
戸波さんの言葉が痛かった。嬉しかったけど、痛かった。
寂しくて虚しいわたしの心に突き刺さって、嬉しさと悲しさで頭がぐちゃぐちゃになった。
戸波さんが困った顔のわたしを見ては悲しそうな顔をする。
なんで泣きそうなん。
うれしいけど悲しいから。
なにが悲しいの?言うてみ。
好きて言われて嬉しいけど、実感わかへんし、
奥さんのことやって、大好きで結婚しとって愛してるはずやのに、なんで?とか思ってしまうし、
家帰ったら奥さんと楽しく暮らしてるんやろなぁとか思うけど、思ったとこで何にもならんし、
かといって奥さんと仲悪なって欲しい訳でもない。
不和なんて望んでへんから。
難しくて、悲しなってくるん。
リリカはほんまにいい子やと思うよ。
直のメアド教えたかて、スマホを奥さんの前でいじって欲しないって1回もメールして来んし、メールせがんだりもせえへんし、挙句の果てには奥さんの具合悪いいう話したらむちゃくちゃ心配してくれたやん。
そんないい子やのに、心配になる必要なんかないよ。俺はお前に全然飽きひん自信があるし、相当好きやもん。
そんなんちゃうかったらここまで大事に付き合ってへんし、今日やって帰ってたで。
わたしは大泣きした。
スマホ宛のメアド教えてくれてもメールせんかったのは、どうせ奥さんの前で普段ようしもせんメール画面なんか高頻度では開けへんやろうし、
メールアカウントいくつもある言ってもいつかはぼろが出てまうかもしらん。
そんなリスクを犯してまでメールしたいわけじゃない。
リスクと安定やったら多少我慢してでもずっと戸波さんに負担をかけへんようにして一緒にいたい。
それだけの理由やった。褒められた話ちゃう。
それに、奥さんの話やって、人間やもん具合悪いいう人いてたら心配くらいする。
具合悪いって言っても、精神的なものみたいやからなおさら。
メンタルは一旦病んでしまうとなかなか治すのに時間かかるし、元々引きこもりで鬱やった自分からみたら他人事とは思えんかっただけやの。
複雑な気持ちこそあれど、戸波さんの大切にしている人が病気なら、もちろん心配するよ。
それでのちのちますます戸波さんが苦しんだり、困ったりしそうなことなら尚更。
それだけのことなんよ。
嬉しかったけど、わたしはますます困惑した。
戸波さんがそんなん言うから、もうズブズブになってしまうわ。
次会ったとき、もう頭冷えとって、やっぱあんな修羅場やらかすような女は面倒やしやめとくわてなっても、
すぐああそうですかわかりましたさようなら、なんてもう言えへんよ。
こないだまでなら言えたと思うけど。
今日のこんなんなってんのは自分のせいやけど、それでも戸波さんが優しくするからもうあなたのタイミングでスッパリさよならなんてもうできひんもん。
ますます好きになってもうて、離れられる気がせんの。ズブズブやわ。ごめんもうどうしたらええんかわからへん。
言えば言うほど涙が止まらんくなった。
戸波さんはもーー泣かんとって、、と笑いながらわたしを抱き締めて、すごい勢いで頭をわしゃわしゃ撫でた。
ズブズブでいいから。もういいよ。最初はどないしよ思ってたけど、俺やってお前のこと好きやもん。
ほんまに好き。大好き。やからもうズブズブでいいよ。
戸波さんの口からそれが聞きたかった。
好きとか大好きとか、そんなん態度見てたらわかる、行動みてたらわかるて思っても、
実際問題頭と心は違うもので、どうしても言葉にされないと信じられない。
1回言われてもまた次の瞬間、今はもう冷めているんじゃないか、さっきの「好き」やって、わたしが無理矢理そう言わなあかん雰囲気作って無理に言わせたんちゃん?とか思ってしまってひとりで焦ったり。
アホやなあほんまに、と思っても気持ちをいつだって確かめたい。
戸波さんの腕の中にいて、頬ずりされたり、キスされたりしている時以外はいつだって好きじゃないかもしれない、そんな不安が頭を覆う。
とりわけ、週末は奥さんと二日間過ごすわけやから。
わたしのことなんて忘れてお楽しみかもしらん。
奥さんが優しくて、見直して、罪悪感に駆られてもう月曜日からはすっぱりやめようとかいう気持ちになってるかもしらん。
そうやったらどないして判断したらいい?
不倫なんやから勝手に冷められて捨てられるのが行き着く先なんは分かってるけど、いつくるか、意外に早いんじゃないか、それは明日かもしらんとか思うと胸が張り裂けそうなの。
そんなことを考えては、言うわけにもいかず、戸波さんの腕の中でしきりに泣いた。
午前中のことでかなり動揺して情緒不安定やった節はあると思ったけど、それにしても生理前かと疑うくらいに涙腺が緩かった。
はじめて自由にいちゃいちゃ出来る日やというのに、
ただひたすらに戸波さんの胸に顔を埋めては泣き、ちょっとだけ見上げては戸波さんの微笑みに安心し、撫でてもらってキスをして……というのを繰り返した。
わたしが戸波さんの目をのぞき込むたびに、戸波さんは、子供をあやすように頭をわしゃわしゃして、同じようにわたしの目をのぞき込み、これ以上ない優しさをたたえた笑みを向けた。
大丈夫やから。
リリカなら大丈夫やから心配するな。
ほんまにいい子やし、賢いし、
多分自分が思ってるより強いから。
そのままのリリカでおってくれたら、絶対きらいになんてならへんし、飽きひんよ。
それに、ひどい捨て方とか絶対せえへんし、嫁がおって申し訳ないけど遊びちゃうつもりでおって、大好きやから。
ごめんやけど。不安にさせてごめんやけど、好き。ほんまに好き。
戸波さんに痛いくらい抱き締められて、満足した自分がいた。悪いヤツだと心底思った。
あなたが罪悪感を抱かなければいい。
奥さんがいい奥さんになろうとかいう変な向上心をもったりしないままでいればいい。
あなたが愛してくれるなら、あなたの地位と、社会的立場と、家庭を守るためにわたしも全力を尽くすから。
めんどくさいこと言ってごめんね、ありがと。
わたしも好き。大好き。
戸波さんが好き。
キスをせがむと、戸波さんは目を細めて微笑んだ。
そのままわたしの手に自分の手を絡ませ、そっと頭を支えながらわたしを押し倒すと、激しいディープキスをしてきた。