そこからしばらくして、わたしのお客さんも来た。
お客さんが来てからは死ぬほど忙しかった。
会場内で戸波さんと、そのお客さんとすれ違った時だけ身体がびくついて少し強ばったりしたけど、それ以外は頭の中からきれいさっぱり戸波さんなんて居なくなるくらいに忙しかった。
頭使って話して、商談して。プレッシャーも凄かったし、色々と慌ただしく終了時刻を迎えた。
お客さんをお見送りしてから、支店の待機場所に戻った。
戸波さんもお客さんをお見送りしていておらんかった。
展示会はその日で最後やったから、片付け作業があった。支店ごとで場所を割り振られて、片付けをしなくてはならない。
先輩と同期は、女の子らしくあれこれ話をしながら軽そうなものだけをせっせと片付けていたけど、
わたしはもう近くで片付けする戸波さんの姿を見たくなくて、
更にはほかの人とニコニコしながら話す姿を見たくなくて、
おまけに隣で作業したりしている人たちを見たくなくて、
すごく大変で片付けにくいものばかり率先して片付けていた。
怪我をしないように、壊したりもしないようにと考えながら作業していれば幾分かマシだと思った。
しょうもない見栄やとバレている気もしてはいた。
視線をたまに感じる。あなたがいる方から。
いやな視線ではない視線を感じていた。
危ないやろー。なんでそんなんばっかり片付けてん。
○○(先輩)とか○○(同期)みてみ。あんなとこで造花とか拾っとるよ。そういうのやっとったらええのに。
高いところのものを必死に片付けていたとき、
背後からそう声をかけられ、
ぱっぱと斜め後ろに物が消えていった。
………戸波さん。ありがとうございます。
でも、なんかあっちは人足りとるみたいやし、女の子が3人もおってもなんかアレやから、ここにおるだけですよ。
精一杯の笑顔をつくる。
ものすごく複雑な気持ちだった。
聞けないまま、聞きたいことを胸にしまっておくのがそんなに嫌やったのか、と思ってしまうくらい胸が痛かった。
戸波さんがわたしの大嫌いで大好きな表情をする。
心底心配してくれている顔。
疲れたん?結構やばい顔なってんで。
今日はしっかり休みや?頑張ったしな。
そう言ってはわたしの顔を覗き込んだ。
1歩無意味に距離が縮まる。
ダメです来ないでください、なんて言えんかった。
話したいことは山ほどある。
でも今言えることはなんだろうか。
今、今日言っておくべきことはなんだろうか?
戸波さんを含め支店の皆さんは今日帰る。
わたしたち新入社員は、明日は別の施設で研修があるから、今日も帰らず泊まる。
その後は土日やから短くとも3日は顔を見れない。
そして今日は2月8日。来週にはバレンタインがある。
皆さんに配る用のもあるけど、戸波さんの分だけ別でも買ってある。
これがどう転ぶかもわからないけど、渡すだけは渡さないといけない。
戸波さん。
月火は会社いますか?
ん?あー、おるよ。月は1日おるし、火曜日はまだ分からんけど、たぶんおると思うよ。
ありがとうございます。
なんで?と聞かれたくなかったので、慌ててお礼だけを口にして歩き去った。
バレンタイン、あげたいからですなんて死んでも言えんわ。恥ずかしすぎる。
現時点でうかうか用意しとるとも思われたくない。
しかし、際どい日にちを聞いたから大丈夫やろか?
でも普通に考えたら分かってしまうか。
いや、やけどもバレンタインは水曜日なわけで。
水曜日はわたしは出張でおらんだなんて今は戸波さんはしらんはずやから、別の用事と思ってくれへんかな……。
また頭をそんなことで一杯にして作業した。
あっと言う間に片付けが終わって、
気づいたらもう帰ろうかという時やった。
戸波さんたちは戻るから、タクシーで駅方面へと消えていった。
わたしは同期とぼんやり立ち尽くしながら、戸波さんがいなくなるのを見ていた。
結局なんも聞けんままやったわ。
次の機会はいつ?
あーほんま研修とかいらんから皆さんと一緒に帰りたかった。
そんなことを考えながら大人しくホテルに帰った。
同期はみんな、同期同士で飲み会やと張り切りまくっていて、元気やった。