そんなとこ突っ立っとらんと、座りや。



お決まりのセリフ。

でもね戸波さんここビジネスホテルなんだよ。
すごいちっちゃい椅子机とセミダブルのベッドしかない。

椅子には戸波さんのスーツがあるわけやし。

てことはあなたが座っとるベッド?
近すぎひん?


今日は何もしたくないよ。


遊びの相手でも構わんけど、それならそうと気持ちの整理させてほしいな。




座りやほら。

なにもせんよ。



しぶしぶベッドの端に座る。



たわいもない話。
1週間経った今では覚えてもおらんくらい。


今日はどうやったとか、水瀬さんが話しかけてきて~とかそんな内容ばっかり。

あとは社内事情の話とか。
向こうの営業グループの様子とか。

忘れた人が言うのもなんやけど、話が尽きんかった。

なにを聞いとっても面白かったし、新鮮やった。



しばらくして、今日もプレッシャーが凄くてなんも食べへんかったみたいな話していたら、戸波さんが頭を撫でて、そのまま引き寄せてきた。

いたずらに引き寄せて、抱きしめては
何?何もしてへんけど?みたいな顔を繰り返す戸波さん。


溺れてしまう。


そんなしっかりとあなたの胸に抱きしめられたら、もう這い上がれないし普通の顔してあなたと接することなんて出来ない。

それでもいいんですか、
その覚悟があるんですか、と目で訴える。


それからもひたすらいじわるをされ続けた。

両手で顔を挟まれて、両目を覗き込むだけ覗き込んでは何もしないとか。

頭を引き寄せておいて、見つめてきたくせに
口が触れるかと思いきや勢いよく引き剥がされるとか。


その度にわたしは振り回されて頓狂な声をあげたり、心臓がバクバクして上がる息を抑えようと必死になったりした。


いいおもちゃを見つけた、という顔で戸波さんはニヤニヤすると、少しずつエスカレートさせていった。


お前隙しかないねんな。と言いながら

押し倒して指を絡ませ、顔を近づけたかと思うと
笑いながら身を引いて、わたしの身体も起こしたり。


腹筋がないわたしを何度も仰向けに倒れさせては、手を差し伸べて掴みかけたところで離す遊びをしてみたり。




ほんまなにやってんねん。

もしかして期待してる?
キスしてもらえると思ってる?



……してない、です。したらあかんから。




絶対せんよ。別にしてくるなら拒まんけど。
出来るもんならやってみ?
まあお前に出来るとは思わへんけどなぁ!


何それ。




おちょくるのもいい加減にしてよ。


遊ぶ気すらないなら、最初から部屋なんて呼ばんといて。

わたしやってただの受け身女ちゃうよ。




もうやけくそやったし、半泣きやった。

涙を零しながら、体重を掛けて無理やり戸波さんの両手を掴んだ。

戸波さんはさすが男という力で引き剥がそうとしてきたけど、どっからどう見てもフリやと分かるくらいの弱い抵抗やった。


唇を少しだけ突き出したら、戸波さんは抵抗しながらも顔をこちらに向けて、唇を合わせてきた。



驚きと照れで合わててわたしは身を離した。



余裕な戸波さんはニヤニヤしながら、
嬉しい?キスしちゃったねー。

と言いつつ、

もうせえへんよ。二度とせえへんわ。


そう言って冷たい目をして見せた。


嘘やんそんなん。全部嘘。
ほんの少しの罪悪感でそうやって自分に言い聞かせよるんかもしらんけど、バレバレなん分かってる?


目逸らしたりせんのやん。

もうせえへんよとか言う割にはそんな目して。やっぱり好きやろ?ほんの少しくらいは、好きやから、してるでしょ?



何一つ言わなかったけど、お互いがお互いの葛藤をしているのは痛いくらい分かった。


やだ。でもここでなすがままになって、明日になったら赤の他人とかは一番いやや。

キスしたいけどなし崩しは絶対いや。



そこで突然戸波さんに押し倒され、二度目のキス。


深くて激しいキスにわたしはじたばたした。
そんなキス今までしたことなかったから。単純に驚きしかなかった。



なにそれ、そんなんした事ない。


普通やわ。そんな口つけるだけのガキみたいなキスがほんまのキスやとでも思ってる?ちゃうで。これが俺のキスやわ。



そう言ってわたしを強く引き寄せて、また激しく唇を貪った。



や、や、やだぁ!そんなんした事ないもんこんなんちがう!


嫌なんか嫌ではないのかもわからんまま、慣れへんキスに戸惑い激しくされるたびに逃げようと身をよじった。


本気で嫌なはずは無かったけど、こんなキスを知ってしまったら、今引き帰せ、もう忘れろと言われても絶対に無理な気がしていたというのもある。




あかん。来いよ。




腕を引っ掴まれ、抱き寄せられて、強く抱きしめられた。
そのままキスをして、押し倒され、服をまくしあげられる。



ヤっちゃうんやろか。



今日こんなとこで、こんなわけわからへん関係のままやりたくない。



半泣きになるわたしを見て、戸波さんは身体をおこした。



嫌やったん?



嫌なわけないけど、あのね、あんなキスほんまにしたこと無かってん。
あんなキス、今までに知らんかったんです。


やったら、大人なキス教えたったからええやん。よかったね。


……それだけ?


なに?もっと知りたかった?


……うん。戸波さんに抱かれたかった。
抱かれたい。けど今はいやや、このままはいや。


でも俺のセックスはああいう感じやで。



いいから。それでいいから、あのね戸波さん、あなたが少しでも、わたしを好きなら、次の時に抱いてください。
今日は、もう心が持たへんから。

でも、遊びたいならわたしで遊んでください。

キスまでして、もう終わりやったら耐えられん。それくらいには戸波さんが、好きです……。



最後はもう嗚咽しかなかった。


戸波さんは難しい顔をして黙っていた。