「…なに。」
「えっ。」
それは凄く安心する声で。
凄く好きな人の声で。
振り向いた先にいたのは、私の好きな人。
「なに。」
もう1度発せられる問に、なんて答えるべきなんだろう。
ただ呼んでみた?
チトセのこと思い出してた?
どれもだめ、不自然すぎる。
「なんでいるの?」
やっと考えた末にでた答えは、そんなもの。
「アイス買いに来た。」
「そーなんだ。」
アイス。
チトセの好きなアイスはピノだっけ。
「シアは?」
「えっ、」
久しぶりに名前を呼ばれて、ドキッてしないはずがなくて。
今にも聞こえてしまいそうなくらい大きくなる心臓の音。
「あ、私はお母さんに頼まれた物買いに。」
手に持った袋を見せる。
「そ、」
相変わらず冷たいチトセの態度は、あの頃とはさほど変わってなくて、
そのまま歩き出そうとするチトセ。
「チトセっ!」
「なに。」
好きだよ…。
好きで好きでたまらないんだよ…。
「…何でもない。」
言えるわけがない。
言ってどうなるの。
「あっそ。」
背を向けて歩き出すチトセ。
今すぐにでも抱きつきたいのに。
好きだって言いたいのに。
何も出来ないのは、ただただ臆病だからで。
「…シア。」
突然聞こえたその声に、驚き振り返れば。
「明日、俺んち来て。」
あぁ、ダメだ。
喜んじゃいけないのに。
私はただ遊ばれてるだけなのに。
「…分かった。」
私はバカだ。
「待ってる。」
私の事なんて好きじゃないこいつが。
私のことを弄ぶこいつが。
好きで好きでたまらないんだ―――。
「…んっ」
静かな部屋に響く声と水音は私の。
久しぶりのチトセは前と同じ匂いで、前と同じ温度で私を抱く。
でも、前と違うのは私に対して愛がないってこと。
「…はぁっ、あっ…。」
さっきよりも早くなる律動に、おかしくなる頭を必死でまわす。
「チトセっ…」
私の上で少し眉をひそめるチトセ。
そんなチトセがすごく好き。
でもきっと後悔するんだ…。
しなきゃよかったって。
遊ばれてばかりじゃダメなんだって。
それでも。
後悔したとしても、私はチトセの誘いは断れない。
少しでもチトセと一緒にいたくて。
少しでもチトセに触れていたくて。
遊ばれてるとわかっても、
後悔すると知っていても、
私は常にこうなることを望む。
それしかないから、
そうするしか、チトセは私を見てくれないから…。
「…なにっ」
苦しそうに答えるチトセ。
押し寄せる快楽にどう耐えればいいのか、
何度も跳ね上がる私の腰を、チトセは逃がさないとでも言うように、何度も突き上げる。
律動が最高潮に達したと同時に、チトセがギュッと私にしがみつく。
この瞬間が好き。
チトセが私の事を好きだと錯覚できるから。
少しして、離れたチトセ。
それにつられ私も起き上がり服を着る。
そのままベットに座っていれば、隣にチトセが座りベットが軽く沈む。
「なに、」
声が聞こえ、チトセに顔を向ける。
「なにが?」
そんなチトセは、さっきとは全然違って無表情で。
冷たい瞳で私をみる。
「さっき名前、呼んだでしょ。」
この瞬間が嫌い。
さっきのは夢なんだって。
チトセは私を好きじゃないって実感するから。
「何でもないよ。」
こんなにもチトセが好きで。
こんなにもチトセでいっぱいなのに。
「あっそ。」
チトセは私なんて好きじゃない。
少しも好きじゃない。
「ねぇ、」
「なに。」
ただただ苦しいだけの想いは、いつまでも消えてはくれない。
「私って、チトセのなに?」
私の問に振り向いたチトセは、
「セフレ?」
綺麗な顔で微笑んで言うんだ。
そんな悪魔のような答えを。
ある人は言う。
片思いは、幸せだって。
自分の物じゃないから嫉妬もしないし、
喧嘩もしない。
ずっと好きでいられるって。
私の片思いはそんなものじゃない。
ただ辛くて、ただ苦しいだけのもの。
チトセが私を好きになる事はもう有り得なくて。
こんな中途半端な関係はいつまでも私を苦しめる―――…。
「さむっ。」
いつの間にか日が落ちて、寒くなった外。
久しぶりに歩いたこの道は、前と風景が変わって見えた。
「ただいま。」
「おかえり、どこいってたの?」
そんなお母さんの問に答えるのが面倒くさくて、そのまま部屋に入る。
「はぁ。」
憂鬱。
こんなにもチトセで満たされたのに、心は空っぽ。
と言うより、チトセとこんな関係になった時
から少しづつ、からになっていく心はもう限
界まで来ているのかもしれない。
「新田、次の文読め。」
はぁ。
「はい。」
窓の外を走る人の中に、いる私の好きな人。
走ってる姿なんて、滅多に見ることができないから気分も上がっていたのに。
自分の名前が呼ばれ、仕方なく教科書に目を向ける。
新田 汐愛 アラタ シア
これが私の名前。
この名前は嫌いじゃない。
滅多にいない名前だから。
言われたところを読み終え、窓を見た時にはその姿はどこにもなかった。
「どこいったんだろ…、」
チトセのクラスの人は全員いるのに、なぜかチトセが見当たらない。
そんなことを考えているうちに、授業終了を知らせるチャイムがなって、それぞれがそれぞれの教室に帰っていく。